出ていこうとした正信、思い出したように、 「殿、その日本書紀に記された人物に、妙に気に掛かる者がおりますが」 「……誰だ?」 「蘇我赤兄(そがのあかえ)という、有間の皇子に謀反を誘う、騙しをした悪人ですが……」 「ああ、後の経過から見ると、初めから天智天皇の忠臣かもしれぬ。壬申の乱の敗北で、流罪になったのう。……正信、赤兄に何か?」 「引っかかることが、ありまして……拙者、殿に刃向かった一向一揆で敗れてから、流浪の果て、松永弾正に鷹匠として仕えましたが……ある日、伺候すると、果心居士が、弾正と歓談しておりまして」 「果心居士が……」 「ちらっと拙者を見て、考え込み、『はて、アカエ……』と呟きまして……その後、弾正は、拙者を警戒する風情なので、辞めまして。果心が讒言をしたのだと思いますが、日に焼けた拙者の顔が、赤絵皿に似ているのかと、思っていましたが、前世が蘇我赤兄だとしたら、辻褄が合います」 「ふーん、そなたと同類の謀略家だが、……、有間を謀反に誘うやり方は露骨過ぎるのう。前世からの我が忠臣なら、もっと巧妙にするのだぞ」 「心得ております。前世よりは賢くなっておりましょう。ははは」 二人は真剣に転生を信じたわけではない。話を合わせただけであった。
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