「……内府(家康)殿、それが変なんですよ。答えた男……おそらく中大兄皇子が、信長様にそっくりなんですよ。後で、歴史に詳しいあの名主に聞いたら、ハシヒトとは、間(あいだ)の字と人の字の人とで、間人(はしひと)皇后……孝徳天皇の皇后で、天智天皇の妹、天武天皇の兄、この兄弟に挟まれて生まれたから、ハシヒトと名付けられたのではないかと、名主が言いましてねえ」 「はあ……」家康は相づちを打つ。 「名主が言うには、ハシヒト皇后は、三十代で亡くなったとか。前世の無念で、来世でやり直すため、転生することもあるのかも、と不思議がりましてねえ」 「うーん……」家康は、まだ半信半疑であった。 「わたしが、亭主に尽くしたのも、前世の後悔でしょうかねえ。それから、その、持統天皇の手紙では、孝徳帝は、新羅を滅ぼして、国を広げようと思っていたそうですよ」 「拙者が学んだ歴史では、大化改新は、中大兄皇子が実力者で、孝徳帝はお飾りの帝のようでしたが、暇なとき、史書を読み返しましょうか……。太閤殿下がこの大坂城を造ったり、朝鮮征伐をしたのが、前世の孝徳帝からの悲願としたら、不思議というか、何ともはや ……とすると、拙者は、前世の壬申の乱に敗死した大友の皇子が、やり直しで転生したということになりますな。となると前世では、あなたさまの甥ですか、ははは」話を面白くするため言った言葉だが、家康の心は、どこか冷めていた。
「雑用がありまして、そろそろ、退席をしとうございますが」家康が遠慮がちに言うと、 「そうそう、書院の書棚に、梵舜(豊国廟を祀ろうとする神官)から借りた日本書紀を置いていきますから、読んでみられたら」 「それは、有り難うございます」頭を下げ、家康は茶室を出た。
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