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吉野彷徨  (T)乙女の章 作者:ゲン ヒデ

最終回   11
                乙女の旅立ち
 
早く飛鳥へ帰りたがった讃良を、周囲の者たちは、なだめた。
帰京したのは、十一日を過ぎていた。
すぐに、有間の刑死が伝えられる。
 数日間、讃良は泣き通した。そのあと、物憂く、なげやりな生活となってしまう。
 
  帝一行が、戻ってから、叔母(間人)が、呼びに来る。
 叔母は、泣き嘆いて有間の事を話し、兄(中大兄)を、ののしる。
 そして言う、
「お前を、嫁にと、大海人が言ったら、兄は簡単に承知してしまったそうじゃ。あの偽弟の言いなりとは、兄はどうかしておる。讃良、お前断れ『嫌じゃ嫌じゃ、実の姉の夫に、同じように妻になるのは嫌じゃ』とわめくのじゃぞ」
 投げやりな気持ちの讃良は「はい」と、力無く答えた。
 
 讃良は階を下りてから、階の一段に座った。
 小春日和の空の下で、ぼんやりと物憂くしている。
 誰もいないのに、声がする
「姫どうしたの。元気な姫らしくないなあ」
 横に、有間の幻を見た。
「姫、元気を出して、私の分も、生きていってね。私は、いつも見守っているよ」
 幻は消えた。
 まだ、座ったまま、空をながめていると、志斐が来る。
「陛下がお呼びです。お父様と弟君も来られておりますが」
 立ち上がり、志斐をつれ、正殿へ向かう。
「元気な姫が、好きだよ」と有間が、空から話しているように感じた。
 讃良は何やら、ふっきれた。

  清涼殿では、祖母と、父、叔父、数人の重臣が、待っていた。
 その中には、蘇我赤兄もいる。
 父が、大海人皇子の妃にならぬかと、強要するように話す。
 祖母は、浮かぬような顔をしていた。
 讃良は、しばらく考え、応じた。
「はい。お受けします」
 祖母以外、皆が安心していると、讃良は話を続けた、
「アア、まるで、飼い犬が獲物を持ってくるたび、餌を与えるように、叔父上に、姉や私を与える。私は、父上の愛情のない子で良かった」
 皆が驚いた顔をし、父が、
「讃良、何を言い出す!  お前の将来を思って……」
「そうですわね、わたしの将来のため。でもここにいる皆様の将来は、どうなのでしょう…。因果応報と言う言葉がありますでしょう。いつの世でも、人は、そのさだめから逃れることが出来ないはず。お父上に、たとえ、運良くその報いがかからなくても、父上の最愛の子に、天は、理不尽でも償わせるでしょう。親の因果が、子に報い……、か。首を切られるか、吊られるかは、知りませんけど。私は最愛の子でなくて良かった。変な死に方をしないで、長生きできそう。ほほ」
 言い放って、外へ出ようとして、思い出したように、また言う。
「冷酷無慈悲な皆様方、天も、冷酷無慈悲な仕返しをなさいますから、くれぐれも注意なさいまし。赤兄、お前、特に注意しなさいよ」
 名指しされた蘇我赤兄、顔を下に向けて、うなだれてしまった。
  
  讃良が出た後、ため息混じりの、咳払いを、皆がしだす。
 突然、斉明帝が、泣き出す、
「妾は、生き方を間違えておった。この様な血で血を洗う仕儀を引き起こしたのは、葛城を帝位に付けたいための悪知恵からじゃ。この年になって、孫娘から因果応報を諭されるまで、気づかなかったとは。アア、アア……」
 皆もうなだれた。
 予言者のような讃良の言葉で、天の冷酷な仕打ちを、かすかに予感したのである。

 【後、中大兄(天智帝)の最愛の子・大友皇子は、壬申の乱に破れ、自絞する。
 また大海人(天武帝)は、最愛の子・大津皇子を、この讃良(持統帝)に処刑されるのである。また、壬申の乱の勝利祝いの、武神の宮への行幸をおこなおうとしたら、長女・十市皇女(大友の妃)に、抗議の自殺をされて、悲嘆にくれることも起こる。
 名指しされた赤兄は、壬申の乱のあと流刑にあい、一家は滅んだのである。
 中臣(藤原)鎌足ですら、最愛の長男・定恵(実は孝徳帝の子)を殺すことを、天智帝に強要されることになる】
  

  晴れ晴れとした表情で、歩く讃良に、付いている志斐は
「姫様、皆様の前で、よくまあ、あんな悪口を言えますわねえ。志斐は、ひやひやしましたわ」
「いいのよ、あれは、人の世の本当のことよ。」
 
 志斐は、皆の前での讃良姫の堂々と話しぶりを思いだし
(大人になられたなあ。あれ?  あれは威厳のある……、ひょっとしたら……)
 
「アア、せいせいした。もうじき春かあ。あとの初夏が、待ち遠しいわ」
 手を挙げて背伸びした、讃良は、浮かぶ雲に、にこやかな有間の顔を見た。
 もうすぐ十五歳になる乙女の目は、潤む。
 そして心の中で誓った。(有間さま、わたしは、がんばる。見ててね)
 小春日和の日差しは、温かく讃良を照らした。           
             
                乙女の章(完)
      
              

                      終筆後記
  あまりにも雑文で、読者(少ないなあ…)があきれた(平安遥か)を終えて、性懲りもなく書きたくなり、下調べをしていると、持統天皇の、異常なまでの回数の吉野行幸が、気に掛かり、こういう物語を考えたのですが、賢明な読者諸氏は、これからの展開を、こう想像なさるでしょう。
  
 【夫、大海人とともに吉野離宮に行き、壬申の乱で勝利する予知を得る。そして、持統天皇は、しきりに未来を知りたがり、吉野行幸を繰り返す。だが、自分の子・草壁皇子の将来がどうしてもわからない。草壁が亡くなってからは、軽皇子(文武天皇)の将来を知りたがり、吉野に行くが、「風」の歌に、人生の感慨を悟り、予知を諦めて、吉野離宮の欄干でたたずむ】
 
 大体、みんなが、予測できる粗筋は、へたなドラマと同じで、作者の力量がない、ということですが、ど素人ですから、こんなものでしょう。
 でも、続きを描くのは、悪戦苦闘しますので、取りかかれるかどうか、自信はありません。 「願令右手作国宝器」でも、ぼろぼろの学生時代の古語辞典で、考え、解読(こじつけ?)するのに一月近くかかりました。
 にわか素人作家にとっては、壬申の乱の描写なんか、頭を抱えることです。
 だいぶ先に、もしも、出来ていたら、続きをお読み下さい。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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