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吉野彷徨  (T)乙女の章 作者:ゲン ヒデ

第1回   1
                     吉野彷徨
 
                    (T) 乙女の章
                    
                     来訪者
   昭和四十七年三月二十六日、某テレビ局の取材のヘリ機が、明日香村を飛んでいた。
 その日、三日前に高松塚古墳壁画の発見された、との記者クラブでの発表があった。
 それを受けての、慌ただしい取材飛行である。
 搭乗員は、操縦士とカメラマンの二人である。
「蔵造君、あれが橘寺だよ、高松塚はその東南一キロ程だから、あそこだろう」
 手元の地図と見比べ、ヘリの騒音の中、操縦士が大声で話す。
「わかりました!これから撮影します。近づいて旋回してください」
「オッケー!」
 木々が生えている小山のような古墳の周辺に、車と人の群れをカメラマンは認めた。
 取材用撮影機はまだフイルム式である。撮影が始められる。ヘリは大きく旋回する。
 
 五分ほど経つ。
「もう良いかな」
「ああ蔵造君、二キロ離れたところの天武持統陵ね、帰り際、あそこも写したら」
 真北を操縦士、示す。
「この古墳は、天武天皇の皇子の可能性があると言われてますから、被葬者の手がかりの御陵だから、一応撮りますか」
 ヘリは北へ向かった。
 
 御陵に近づくと、吸い寄せられるように陵の真上を超え、さらに進む。
「どうなったのだ? 操縦がきかん!」稲光がし、ヘリの回転音に異常が起こる。
「まずい、雷で電源に故障が起こったらしい。不時着するぞ。万一のこともある。覚悟してくれ」
 どういう訳か、視界に霧がかかり、青い放電の光が霧の中を巡る。
「な! 何の現象だ?」操縦士、またも驚く。
 すぐに霧が解け、小高い丘の麓の草っぱを見付けて、着陸に成功した。



                甘橿の丘にて
  朝議を終えた斉明帝は、こっそりと飛鳥板蓋宮を抜けだし、北への道を歩いた。
 美しかった若い頃が、偲ばれる上品な容姿の六十一歳の初老の女性である。
 この女性の後を、十歳の、目元が涼しげな少女が、息せきかけて追いかけてくる。
 振り分け髪が、乱れている。
「婆ちゃま、待って! 何処へ行くの。吾(あ)も連れて行って!」
「あー、讃良(さらら)かい。ちょっと、墓参りに行くだけじゃよ」立ち止まり、待つ。
「誰の墓?」
「エミシとイルカの墓じゃ。こっそりと建てたから、誰も参れぬ。寂しかろうから慰めに行くだけじゃ」
「エミシという人が、家敷に火を付けて死んでしまった、甘橿の丘なの」
「そうじゃよ」
「まあ、いいわ、付いていく。供えるお花も、採って行くわよ」
 道々の咲いた草花を採ってゆきながら、少女口ずさむ。
「♪こーもよ みこもち ふきしもよ このおかに なつますこ いえきかな ……」
 祖母は微笑み、思う
(大泊瀬稚武天皇『おおはつせわかたけるのすめらみこと=雄略』の歌か、民の伝承歌だが、本当にあの天皇が歌ったのかのう)
  
  道々、田仕事をしている者らが、女帝に気づき、恭しく這い蹲ろうとするが、
「こっそりと出かけておるので、気遣いするな。そんなことより、野良仕事に精を出しなされや」といなしてゆく。
  ここが当時の日本の首都であるが、ひなびた田舎の里の姿の光景であった。
 
  丘のふもとの板きれの墓の前に出る。
北はその丘が巡り、この周囲は木々の林であり、そこだけ開かれて、草っ原になっている。
 墓前に花を添えた少女、気を利かし、そばの山からの竹樋から流れる水を、おかれている壷に汲み、運び、祖母にわたし、花も供える。
 祖母、木墓に水をかけ、仏式で手を合わす。
 少女も、祖母と同じように手を合わす。
 祖母は祈る。
(もびと《毛人=蝦夷》、入鹿よ、すまぬ、ばかな葛城《=中大兄皇子》が、邪推してお前達を死に追いやってしまって……会いたい、もう一度会いたい……)
  世人には知られぬ、深い関係、最初の夫と子の面影を浮かべた。
  蝦夷が、少女の頃の斉明帝の通い婿となり、入鹿が産まれるが、生まれつきの予知能力により、子が自分の目の前で惨殺されることを知り、それを避けるため蝦夷と別れ、子も引き取ってもらったのである。 
が、運命は、予知どおり、目の前で惨劇をみせたのである。
 
この天皇は、雨乞いの 祈りで雨を降らせたと、日本書紀に記された、超能力をもった巫女(シャーマン)であった。
 まさか、今の祈りで、未来に転生した二人を呼び戻したとは、気づかない。
 
 何を祈ったか、祈り終えると、少女
「婆ちゃま、雷(いかずち)の丘って、この丘の向こうにあるのでしょ。二度も雷人が捕らえられたから、雷の丘と呼ばれているのでしょ」
「うん、そうじゃ。確か大泊瀬の帝の家来が命じられて、そこの場所で雷を捕らえて帝に見せ、放たれたが、その家来が亡くなり、その場所の墓にまた落ちて動けなくなり、また放たれたそうじゃ」
「雷人ってどんな姿をしているの」
「大きな銅鑼を背負い、虎の皮の褌をした鬼ではないかのう。唐土(もろこし)の絵で見たがな」  
「どんな姿かなあ……」少女の想像する風情は、可愛い。
                
 

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Novel Editor by BS CGI Rental
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