(後日談その1)良継の遠謀 9年後のことである。東宮御所に、前触れもなく入内の列が来た。 その年の初めに山部は、東宮(皇太子)になっている。 御座所に出てきた東宮は、着飾った乙牟漏の傍に、良継と百川をみる。 「何事だ」いぶかしげに山部東宮云う、 「月日がやや遅くなりましたが、入内のお約束を果たしに参りました、我が娘を、末永く可愛がってくださいませ」良継頭を下げる。 「何も、そんな話はしていないぞ。良継、どうかしたのではないか」 良継、恭しく東宮に、押勝への手紙の写しを渡しす。 自分の字で書かれた写しを見て、東宮、目を丸くする。 「確か、これは、押勝への書状の戯れの追加文であろう。よくこんな物で、不意に娘を連れてくるとは」あきれる山部。 すると、良継は、烈火のごとく怒り出す。 「戯れとは何事ですか。いやしくも帝になられる方が、嫁にすると約束したことを、戯れで済ますとは。ああ情けない。命がけであなた様のため働いたのは、何だったのか。口惜しい。娘よ懐剣を出してわしを刺せ、わしもお前を刺して一緒に死のう」 涙を流す振りをする。 「わかったよ、良継。空涙までして。お前には負ける。まったく。こんな魂胆で、この写しを書かせたのか。ああ嫁にする、嫁にする」あきれる東宮 「ありがたき幸せ」良継、にっこりと礼を言う。
横にいる百川が言う。 「我が娘、旅子も、お約束通り、近い内に入内させますが、よろしくお願いします」 じろっと良継は、百川を見る。 「ああ、好きにしろ」山部、うんざり顔をして言う。 良継、百川に怒る。 「どさくさに紛れて、嘘を言うとは」 「兄上、いいではないですか、旅子はあなたの孫ですよ」 「そうではなく、お前のやり方が、気に入らんのだ」 なんやかんやと、言い争っているのを、苦笑いして山部言う。 「うるわしい、兄弟愛よのう。まあゆっくり、続けておれ。乙牟漏よ、行こうか、建物を案内しよう」 山部と乙牟漏が、去ったあとも、二人の言い争いは、続いていた。
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