吉備真備との再会 一刻(2時間)後、家宰が、手紙と贈答品の反物を持ってきた。 開封出来ないように、蝋封してある。綾麻呂の弟子の一人が、器用に溶かして開封した。 綾麻呂が読み、なにやら木簡で手紙を書き、末息子に託け、何処かへ行かせた。 夕刻前に、末息子が、老人を連れて帰ってきた。農夫の姿をして、大根を抱えている。 「山部君、ひさしぶりだねえ、逞しくなられた」 吉備真備の変装姿である。 あわてて、綾麻呂のところへ案内する。 3人の密談が始まる。 すでに押勝邸の、例の使用人と奥女中は、内通者にしてある。裏切らないため、両方の親たちを人質として、こちら側に住ませてもいる。 押勝邸の入出者の名簿が、作られており、手づるから、敵の手先の侍僧と侍女が割れ、その日の内に、逆間諜を強要したそうである。 差し出された押勝の手紙を読み、真備も宿奈麻呂への手紙を書く。どちらも宿奈麻呂へ出してもらいたい、と山部に頼む。 内容を見なかった山部に、 「こちらの動きが洩れていたよ。もう塞いだから、大丈夫だがね。手紙は、押勝が、宿奈麻呂を自分側の手先にして、こちらを探らせたいそうだ。それより、どうも道鏡が、何か不安でなあ。不思議な呪方で、上皇さまをまつりごとに目覚めさせたはいいが、変な野心を持っているかもしれぬ。勝手なことをするのを防ぐため、宿奈麻呂一族が必要なのだ」 昨年の宿奈麻呂の事件は、なんと、道鏡が糸を引いていた。 宿奈麻呂を嵌めた弓削男広は、同族の弓削浄人(道鏡の弟)に唆されて、密告したことが、今になって分かったと言う。 「なぜですか。味方になるかもしれないのに」 「分からぬ、何か、道鏡が、弱みを宿奈麻呂に知られたかも。とにかく、あの坊主にかき回されてはかなわぬ。勝手なことをするな。と、あのくそ坊主を、きつく叱ったが」 後の計画を真備が言う。 藤原御楯が亡くなればすぐさま味方の者を後釜にし、8月中に、造東大寺長官職を引き継いだ真備の病が癒えたとして、この屋敷に移り、そっと、兵を配備する。 山部の家族は白壁王邸へ移ってもらう、同じく、綾麻呂どの等も出てもらう、と頼む。 また、都の内で戦火が、起こらないように、腐心していると言う。 戦が起こったら、山部も白壁王の副官として、軍議に参加してもらう、とも言い、帰った。 真備を見送った後、綾麻呂は 「忘れていた、山部様の甲冑を見ていなかった、軍議に着てもらわねば」 と言い、山部の家族の建物から、家持がくれた甲冑を持ち出してきた。 山部に着せて、地味なまま、軽い手直しをしただけだった。 不服そうな山部に、 「目立って、弓矢の的になり、暗いところでも敵に見つかる、華麗な甲冑が、お望みですか」 山部、深慮遠謀に唖然とする。
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