しばらくして 「もうよいぞ、皆の衆」弥右衛門が声を掛けると、人は左右に開く。 川原には、むくろは、なかった。濡れた砂に、血の跡がにじむ。
よろよろと近づいたお夏は座り込み、川砂をつかみ、天にも届かぬばかりに、 「清十郎殺さば、お夏も殺せ、清十郎殺さば、お夏も殺せ」はり裂けぶ泣き声をし、頭を地に伏し号泣するのが続いた。
店の者たちが、追いついて来て、 「お嬢様……」と声を掛けたが、 「泣き疲れるまで、そっとしておきなさい。そなたたちは、店に戻って、待っていなさい。拙者が必ず連れて帰るから」と言って、弥右衛門は帰らせた。 日傘を持っている婦人を見つけて、借り、泣き伏しているお夏の上に差し、暑い日差しを防いで、弥右衛門は、じっと立っていた。
見物人は一人去り、二人去り、誰も居なくなり、役人らも去り、一人だけ、家来の小者が残っていた。さすがに、弥右衛門も座り込んで、傘を肩に掛けていた。 お夏は泣く声も疲れ果て、ハアハアと息をしている。 よろよろと、お夏が起き上がるのは、なんと暮れ六つ半、(午後五時)であった。
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