その頃、見届け役をかって出ていた、村上弥右衛門が、清十郎に聞く。 「清十郎、言い残すことはないか、誰にでも伝えるぞ」 「ご隠居さま、お手数をおかけして、申し訳ありません」 「わしのことなぞ、よい」 「旦那様には、申し訳ないことをした、と、それから、お体が早く治るよう祈っていますと」 「うんうん、それから、お夏には?」 「お嬢様には……、お嬢様には……、ウウウ……わたしのことは忘れて、幸せに……、ウウウ」呻き泣きで、言葉が続かない。 「うん、わかった。確かに伝える」
役人が、清十郎に目隠しを掛る。 掛け終えて五秒、不意に清十郎、 「お嬢様の声!あああ、お嬢様が……、ご隠居様、急いでください! おじょうさまが来られます。わたしめの首切りなぞ、見せてはなりませぬ!急いでください!」悲痛に叫んだ。
「お夏が?」弥右衛門、耳を澄まして聞き、かすかに(清十郎、清十郎)と聞こえる、 「お夏だ!これ切り役、急げ」と急かし、後ろを向いて、 「見回り役の者、見物の衆、向こうから来る娘に、この有様を見せぬように、人垣になってくれぬか、頼む」頭を下げた。 見物人は、皆、後ろを見、(お夏だ、お夏だ)と騒ぎ、人垣になる。 首切り役が、(いくぞ清十郎!)と声を掛けて、白刃を振り下ろした……。
「首を包め!獄門さらしは、取りやめにする。責めは、わしが負う。むくろには筵を掛けよ、はやく、荷車を持ってこい、……あ、血を洗い流せ」弥右衛門の指示に役人らが、どたばたしていると、お夏が来た。人垣の皆が、「お夏ちゃん、見ては、いかん、見ては、いかん)と口々に言い、防ぎ、お夏は(退いて退いて)とあらがった。
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