http://plaza.rakuten.co.jp/hakurojo/diary/200805130003/ 処刑の当日が来る。何も知らないお夏は、閉じこもった部屋での、遅い朝食を食べ終わる。昼前に部屋から出て、厠に向かう。用を終え、手水で手を洗い、井戸へ向かう。 店の北の板塀の向こうは、水を湛えた中堀である。
井戸水を飲んでいた。 中つ門の、交代した番人が、真向かいの土塁から乗り出して、釣りをしているらしい。 何気なく、お夏はそちらに顔を向けた。板戸の合間から、ちらちら見える。 二人のようである。 「くそー、食い逃げられた」と一人の声。もう一人が、 「おい、危ないぞ、堀に落ちるぞ、もっと下がれ」 「わかった……」 二十メートル先の声が、夏の水面を越え、妙に、はっきりと聞き取れた。
しばらくして 「むかいの但馬屋の手代、打ち首にされるのは、今日だったか 」 「そうだ。真昼だから、四半時(三十分)も、ないなあ……」 後の会話は、お夏の耳に入らなかった。血相を変えて、表へと、走り出した。 店にいた使用人は、出ようとするお夏を押しとどめようとしたが、倒されてしまう。 出るや、角の高札に、向かった。そして読む。 「あああ!清十郎が!」悲鳴にも似たうめき声をあげ、本町通りを、西へと駆けだした。
「清十郎、清十郎」泣き叫び続けて、裾も露わに、走ってくる少女を見て、通行人は皆、道を空け、暑い日差しの中、後を見続ける。 店々の者が、聞きつけ、外に出て、驚く、 「おなっちゃんが!……」そして、見続けた。 お夏の幼ななじみであろうか、中には、泣き出す女の子もいた。
南へ回り、備前門へと走り込み、外門へと方向を変え、出ていった。あ然と見ていた、番人が草履を拾い、門の外まで追い、 「お夏坊、草履が!……」と、叫んだが、気が付き(そうか、刑場へ急いでいるのか、痛ましい!)草履を持った手をだらりと下げ、川筋を走るお夏を、目で追う。
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