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私説 お夏清十郎 作者:ゲン ヒデ

第22回   その日の事件前
 http://plaza.rakuten.co.jp/hakurojo/diary/200805120013/

 翌日、早朝に、久昌庵を出た清十郎は、野里街道を南に下がり、鍛治町で受け取った小刀を、何気なく懐に入れ、野里門をくぐり抜けた。門の番人は、顔見知りの清十郎に、軽く声を掛けて、通してしまった。身体検査でもして、小刀を見つけ、背の荷箱にしまえ、とか、注意をしていれば、お夏と幸せに暮らせる生涯であったかもしれなかったが……

 旧暦の6月初めは、現在の7月初めである。日照りのまぶしさの中、蝉の騒がしい武家屋敷を歩いていた清十郎は、村上邸の勝手口を潜った。
 長屋では、用人は心やすく、清十郎を迎え、麦茶を振るまった。
 今度の勤めの近況を聞かれて、清十郎は、(上手くいっています)と答え、ふと、
「ご隠居さま付きのご家来のお姿が見えませんが、ご隠居さまは、どちらへ?」
「若殿にお目どうりをするため、お城に出かけたが、……ああ、昨日、但馬屋が来てな、娘ご、それそれ、えーと……急に名が言えぬ、年かなあ」
「お夏さまですが」
「そうそう、そのお夏を、村上家の養女にする話は、どう進んでいるのか、と聞きに来たのだが」
「養女?」
「なんでも、若殿のご側室になる話があったらしい、それを確かめに、朝早く、お城へ行かれた。お前、聞いていなかったか」
「いえ、何も」言ってから、退出を願う。その声は震えていた。
 
 外へ出た、清十郎は、懐の小刀を取り出し、鞘を取って刃面を見る。夏の日差しで、照り返る刃の輝きが、(九右衛門を殺せ)と、怒りに燃えた清十郎に、ささやいた。
          

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