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この年八月、改元されて万治元年となる。十一月末、いつものように米代金を支払いに、村上邸へ、お夏が訪れた。今年は、重い貨幣運びは、なかった。全て、両替商の手形である。で、清十郎などの使用人は、付かなかった。清十郎の才覚であった。
いつもより早めに、茶室へ行く。 行く途中、弥右衛門は、お夏を綺麗になったと、不思議がり、誉めた。 恋する少女は、本人も知らぬほど、変化していたのである。 茶の前に、お夏が、初めて、床の間の生け花をすると、弥右衛門の奥方が、誉め、何流なのか聞く。 「大覚寺流で、ご家中の◯◯様の奥方から習っていますけど」 「?、あの弥左衛門(やざえもん)の、妻か」弥右衛門は、困窮している一字違いの藩士を思った。 「そうですけど、清十郎の世話で、商家や、庄屋さんの娘さんに教えておられますけど、たいそうな評判です」 「どんな評判かね」 「奥方様が持ち寄るお花が、四季折々の素晴らしい花で。わたしが店の中に飾っても、お客様は、花を誉めますの。私の流儀でなく、花の美しさだけ、誉めるんですよ」 「ははは、そのうち、お前の技も判るようになるさ……そうか、弥左衛門は、生け花の出来る妻を喜ばすため、花作りを始めたが、凝り出してなあ。金をつぎ込んで熱中して、手元不如意になったが、妻の脩束(授業料)で、元を取りだしたか」 「それだけでなく、弥左衛門さまは、あちこちへ出かけて、花作りの奥義をお教えになり、脩束を得られていますけど、……あ、! お武家では、御法度(禁止)では?ご隠居さま、内緒にしてください」 「直接の商いなら、まずいが 武家の内職は、許されているから心配はない。……奥義の脩束なら、堂々とできるわさ……それは、清十郎の入れ知恵かな」 「ご当家の用人様が、清十郎に俸禄の扱いをさせるよう、弥左衛門さまに推挙して、お手元勘定の意見役(経営コンサルタント)も勧めたそうですけど」 「なるほどなあ、それで、我が家にも借金を返しに来たのか。だが、衣服は、粗末な物を着だしたのう」 「清十郎が、分相応の暮らしをしなければ、破滅すると、ありとあらゆる無駄を指摘したとか」 「ほほう、感心なことよ。で、清十郎は、あの家から、脩束をもらったか」 「いえ、辞退したそうですよ。米扱いの利益をお店にもたらすのが、私の務め、それらは、お得意さまへの便宜、なーんて言って」 「ははは」 茶室に、家督を相続した、この家の当主が入ってくる。すでに中年である。 「父上、お城で、○○弥左衛門から、相談があったのですが」 「相談?」ちょうど話題の人物である。 「娘の婿に、町人を迎えて跡を継がすのに、障りはないかと」 「町人を?……あの娘、家中では評判の美人、そこまで金に困っていたか……、だが、町人が、息子を武家にするには、周囲にも、途方もない金をばらまくと聞くが……お夏、お前の父には、隠し子はいないのう」 「いませんし、いても、父はそんなことにビタ一文、出さない吝嗇(りんしょく・ケチ)ですけど……町家での分限者の子供で、二男以下だと……?」思い出そうとしたが、思いつく息子はいなかった。 「ははは、お夏、自分の父を吝嗇などと言ってはいかんぞ」
当主が、娘がお夏だと気づき、 「ここでは、何ですから、向こうで……」 「うん、奥や、悪いが、お夏とだけで、茶を始めてくれ」
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