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平安遥か(W)千年の都へ 作者:ゲン ヒデ

第9回   9
                  称徳帝、倒れる
 それから1月後、和気清麻呂が
「わが国家 開ビャク以来君臣定まりぬ。臣をもって君となすこと、いまだこれあらざるなり。天の日嗣(ひつぎ)必ず皇緒を立てよ。無道の人、よろしく早く掃い除くべし」
の神託をもたらし、姉共々、改名させられ、流刑にあう。
 だが、堂々たる批判の神託により、道鏡の権威は、地に落ちたのである。
 失地回復のため、道鏡は都を自分の故郷、大阪の八尾に遷都させようと計かり、女帝を行幸させ、新京を造作させようとしたが、真備は巧妙に遅延させる。

 770年3月末、八尾の仮宮で、女帝の御前で、住民らの歌垣の披露が行われた。道鏡の意向により、新都を褒めそやす歌である。

『乙女らに 男立ち添い 踏みならす 西の都は 萬世の宮』
『淵も瀬も 清く莢けし博多川 千歳を待ちて 澄める川かも』

 二百三十人の男女が、青や紅色の細布をなびかせて踊る。
 随員の男女も飛び入りで踊る。

 締めくくりに、百川ら随臣が和舞を披露して、宴が終わったのであるが、
 褒美を与えていたとき、称徳帝、気分不快になる。
 翌日から一層悪化したので、直ちに奈良京へ帰還する。

 完成していた西宮での闘病生活となるのだが、薬師の診察を拒否し、道鏡を呼べ、と懇願する。
 看病する由利は、父に
「お上は、道鏡様を呼べ、呼べと、叫んでおられますが、どうしましょう」
「あの者を寝所に侍らして、皇嗣を道鏡に、と蒸し返されたら、取り返しがつかぬ事になる。道鏡は病に倒れたとでも嘘をつけ。他の者が手引きして道鏡を入れると困るし、はて…」
 考え込む真備

 翌日、真備はお供と共に、帝の寝所を訪れた。
 お供は、随臣に変装した、薬師、智麻呂である。
 真備が帝と話しをしている時、智麻呂は由利の看護を手伝う振りをして、帝の体を触り、診断をする。

 寝所から出て、真備に智麻呂は
「信じられませぬ!陛下は水銀毒に犯されております。どこで水銀毒を摂られたのでしょうか。それに由利様も水銀毒を摂られています」
「由利もか!まさか犯人は…」真備、百川の顔を思う。

 半刻後、太政官の真備の役席に、百川が呼ばれる。
 重祚してからの帝の行動地を、聞き出し、真備、書面に付ける。
 話していて、百川ピンとくる。話し終え
「真備様、我ら藤原一族に代々伝わる不文律があります。帝を弑する大逆を犯してはならぬと」
 真備、内心(ということは、東宮ならやるのか、何という恐ろしい一族だ)
 傍にいた智麻呂、
「百川様、陛下の病の原因がよく分からないので、調べているだけです。…そうですな、私は手相を学んでいるので、貴方様が善人か悪人か看てみたいのですが…」
百川、爪の隙間に毒物があるのか調べるのだろうと思い、手を出す。
しげしげと手を見て、智麻呂
「ああ大丈夫です。貴方様は忠臣ですなあ。こんな素晴らしい手相は初めて見ます。ご出世なさりますなあ」と持ち上げる。
 
 百川が退出した後、智麻呂
「真備様、あの方も、水銀毒を摂っています。由利様より軽いから、由利様があと5年生きられるとして、10年生きられるかも」
「由利が5年!何と言うことだ」
「とにかく、原因を突き止めましょう。3人の、爪の変色部から見て、4ヶ月前から3ヶ月前の間に毒の摂取がされています。特に、陛下は1月中頃、一時(いっとき)に濃い毒を摂っておられる。陛下は、何処に居られましたか」
 書面を見て
「東院だ」
「ああ、瑠璃屋根の建物ですね」
 女帝は、中宮(内裏)の代わりに東院を仮御所にした。
 そのため、屋根の葺き替えに、釉薬を工夫した群青色の瓦が使われたので、玉殿と呼ばれている。

「原因は、水か、食事ですが、陛下は4つ足を食べませんでしょうね」
「前は御仏に仕えておられたから、急に動物は食べぬはずだ」
「魚は」
「前から、ため池では、奇形や死魚が多いから、貴族は誰も獲らぬ。調で運ばれる干魚だけだろう」
「では、井戸水が怪しいですね。陛下が日頃、薄い毒の井戸を摂っていて、急に濃い井戸から…」
「あ!若水だ。それに違いない」
「何ですか。それは」

【若水…立春の朝、汲んで用いるめでたい水、宮中では、日頃封印された井戸からその日だけ汲まれ、帝に奉る】

「その井戸は、何処にあるのでしょうか」
「確か、東院が仮の御所のとき、傍にあった井戸を深くしたが。…ああ、まさか!間近のあの抜け穴…」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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