称徳帝、倒れる それから1月後、和気清麻呂が 「わが国家 開ビャク以来君臣定まりぬ。臣をもって君となすこと、いまだこれあらざるなり。天の日嗣(ひつぎ)必ず皇緒を立てよ。無道の人、よろしく早く掃い除くべし」 の神託をもたらし、姉共々、改名させられ、流刑にあう。 だが、堂々たる批判の神託により、道鏡の権威は、地に落ちたのである。 失地回復のため、道鏡は都を自分の故郷、大阪の八尾に遷都させようと計かり、女帝を行幸させ、新京を造作させようとしたが、真備は巧妙に遅延させる。
770年3月末、八尾の仮宮で、女帝の御前で、住民らの歌垣の披露が行われた。道鏡の意向により、新都を褒めそやす歌である。
『乙女らに 男立ち添い 踏みならす 西の都は 萬世の宮』 『淵も瀬も 清く莢けし博多川 千歳を待ちて 澄める川かも』
二百三十人の男女が、青や紅色の細布をなびかせて踊る。 随員の男女も飛び入りで踊る。
締めくくりに、百川ら随臣が和舞を披露して、宴が終わったのであるが、 褒美を与えていたとき、称徳帝、気分不快になる。 翌日から一層悪化したので、直ちに奈良京へ帰還する。
完成していた西宮での闘病生活となるのだが、薬師の診察を拒否し、道鏡を呼べ、と懇願する。 看病する由利は、父に 「お上は、道鏡様を呼べ、呼べと、叫んでおられますが、どうしましょう」 「あの者を寝所に侍らして、皇嗣を道鏡に、と蒸し返されたら、取り返しがつかぬ事になる。道鏡は病に倒れたとでも嘘をつけ。他の者が手引きして道鏡を入れると困るし、はて…」 考え込む真備
翌日、真備はお供と共に、帝の寝所を訪れた。 お供は、随臣に変装した、薬師、智麻呂である。 真備が帝と話しをしている時、智麻呂は由利の看護を手伝う振りをして、帝の体を触り、診断をする。
寝所から出て、真備に智麻呂は 「信じられませぬ!陛下は水銀毒に犯されております。どこで水銀毒を摂られたのでしょうか。それに由利様も水銀毒を摂られています」 「由利もか!まさか犯人は…」真備、百川の顔を思う。
半刻後、太政官の真備の役席に、百川が呼ばれる。 重祚してからの帝の行動地を、聞き出し、真備、書面に付ける。 話していて、百川ピンとくる。話し終え 「真備様、我ら藤原一族に代々伝わる不文律があります。帝を弑する大逆を犯してはならぬと」 真備、内心(ということは、東宮ならやるのか、何という恐ろしい一族だ) 傍にいた智麻呂、 「百川様、陛下の病の原因がよく分からないので、調べているだけです。…そうですな、私は手相を学んでいるので、貴方様が善人か悪人か看てみたいのですが…」 百川、爪の隙間に毒物があるのか調べるのだろうと思い、手を出す。 しげしげと手を見て、智麻呂 「ああ大丈夫です。貴方様は忠臣ですなあ。こんな素晴らしい手相は初めて見ます。ご出世なさりますなあ」と持ち上げる。 百川が退出した後、智麻呂 「真備様、あの方も、水銀毒を摂っています。由利様より軽いから、由利様があと5年生きられるとして、10年生きられるかも」 「由利が5年!何と言うことだ」 「とにかく、原因を突き止めましょう。3人の、爪の変色部から見て、4ヶ月前から3ヶ月前の間に毒の摂取がされています。特に、陛下は1月中頃、一時(いっとき)に濃い毒を摂っておられる。陛下は、何処に居られましたか」 書面を見て 「東院だ」 「ああ、瑠璃屋根の建物ですね」 女帝は、中宮(内裏)の代わりに東院を仮御所にした。 そのため、屋根の葺き替えに、釉薬を工夫した群青色の瓦が使われたので、玉殿と呼ばれている。
「原因は、水か、食事ですが、陛下は4つ足を食べませんでしょうね」 「前は御仏に仕えておられたから、急に動物は食べぬはずだ」 「魚は」 「前から、ため池では、奇形や死魚が多いから、貴族は誰も獲らぬ。調で運ばれる干魚だけだろう」 「では、井戸水が怪しいですね。陛下が日頃、薄い毒の井戸を摂っていて、急に濃い井戸から…」 「あ!若水だ。それに違いない」 「何ですか。それは」
【若水…立春の朝、汲んで用いるめでたい水、宮中では、日頃封印された井戸からその日だけ汲まれ、帝に奉る】
「その井戸は、何処にあるのでしょうか」 「確か、東院が仮の御所のとき、傍にあった井戸を深くしたが。…ああ、まさか!間近のあの抜け穴…」
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