神託 神護景雲3年(768)5月、不破内親王と志計志麻呂の親子は、帝を呪詛したとの、ざん訴にあい、流刑になった。内親王は名を厨真人厨女に替えさせられた。 これには、白壁王も庇いきれず、生活に困らぬ待遇を、とだけ、称徳帝に懇願した。
その騒ぎの済んだ頃、例の神託を、大宰主神、阿曽麻呂が都に持ち帰った。 道鏡も控える御前で、帝の御下問に真備、 「あそこの神託には、前科がありますから、胡散臭いですなあ。真偽を、誰かに確認に行かせなければ…。皆が納得する、清廉潔白な者でないと。お上に夢のお告げがあればいいのですが。」と、控えている法均尼を思わせぶりに見る。 翌日、大神が夢に現れ、法均尼を使いに、とお告げがあった、と女帝話す。 当然、道鏡の意である。 法均尼は病気ぎみで、そんな大任は出来ないと断る。 で、女帝 「大神のお告げを、重んじたいが…、法均尼の身内、弟の清麻呂を代わりに行かせるのはどうか」
まもなく女帝は、和気清麻呂に、宇佐八幡宮の神託を受けよ、と命じる。
真備の秘術 慌ただしく山部王、真備邸を訪れる。 『道鏡を皇位に就けよ、さすれば天下は太平となろう』との神託に心配して、真備に具申しよう、と思い立ったのである。 落ち着き払った真備、 「ああ、心配しなくていいよ、」と言って世間話をしていると、また来客が来る。 真備の娘、由利に案内され、和気清麻呂が入ってくる。 「お父様、和気様が、是非ともお父様に相談したいことがあるので、会わして貰いたいと仰るの」 「ああ、分かっている。神託を受ける事だろ」 困り果てた風情の36歳の男は、うなずく。
「清麻呂よ、曇り1点なき心で、遠い皇祖の八幡大神の真意を、感じるだけのことだ」 「ですが、法王様らが寄ってたかって…」 「うーん。…ところで、清麻呂、道鏡と比べて、わしの事、どう思う」 「信頼しております」 「そうか、信頼してくれているか。じゃあ、やってみるか」 横にいる山部に 「1文貸してくれぬか」 由利に 「懐の万一のための裁縫の糸を貸してくれ。針は要らぬ」
不審そうな二人からそれらを貰い、糸を銭の穴に通し、結ぶ。 振り子のように銭を揺らす。 「うん、これで良いだろう。じゃあ清麻呂よ、この銭をよーく見てくれ」 ゆっくり銭を振らす。 「どうだな、わしが1、2、3と数えると、目が自然に閉じ、わしの声しか聞こえなくなるぞ。1、2、3!」 そう、真備は、催眠術を掛けたのである。 驚きながら、山部と由利は見守る。
「…案内された宇佐八幡宮の拝殿の中では、……巫女や禰宜を退けたくなる、退けたくなる…。自ら神託を待つと、高さ3丈、満月ように輝く八幡大神が現れる、現れる、現れる…。神託は、お前が思っているのと同じ事を仰せになる、お前が思っているのと同じ事を仰せになる、お前が思っているのと同じ事を仰せになる、…」 終わりに 「1、2、3と唱えると、わしが言った事を忘れるが、宇佐八幡宮の拝殿の中では、言った事が現れるのじゃ、目が覚めた後、気持ちがスッキリするぞ。唱えるぞ、1、2、3!」 催眠術から醒めて、清麻呂は晴れ晴れした表情で退出した。
驚いた山部 「あれは何ですか」 「ああ、留学仲間、玄ボウから教わった暗示術じゃよ。悪用されると危険だから、誰にも見せたことがない。…ははん、陛下にも施して、道鏡の術を解いたら、と思っただろう。…じゃが、あれには効かぬ。歯が立たなかった。心の奥底に、暗示を受け付けない、壁みたいな物がある。呪術には勝てぬらしい」 残念がる山部。
真備ふと思いつく。銭を振って 「どうかな、お二人、これを見つめて、結婚したくなるように暗示術を掛けようか」 「いやですわ、お父様、妾はもう35歳、歳を取っていますわ。山部様、年上の妾、いやでしょう」 思わせぶりに微笑まれ、山部王うろたえる。内心、願望があったのである。 「いや、その…」煮え切らない。
二人を見ていた、真備残念そうな顔をして、 「駄賃で貰うか」 1文銭を懐に仕舞い、にやっとする。
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