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平安遥か(W)千年の都へ 作者:ゲン ヒデ

第7回   7
                 漢風諡号
 ある日、図書寮へ淡海三船が訪れる。
 この中年の男、壬申の乱で自絞した大友皇子の、直系のひ孫である。
 山部王、この人物、鬱屈した心情を持っていると感じる。

「図書の頭殿、だいぶ前、淡路の帝に初代の『はつくにしらすすめらみこと』から『氷高皇女』様までの漢風諡号を一括撰進したのですが、改めて今の陛下の御承諾を得たいが、陛下のご信頼厚いあなたに、提出してもらいたいのですが」と言って、歴代帝の漢風諡号が書かれた紙を差し出す。
「ああ、分かりました。陛下に言上しましょう」と言い、紙面を見る。
「神武、綏靖、安寧、…」山部王、感心しながら読む。
「元明、最後が日高皇女様の元正ですか。成る程ねえ…」
 ふと、一人の諡号を見る
「博士、この『持統』は広野姫のすめらみこと、ですね」
「ああそうだが」
「持統の字義は?」 
 ううっと詰まるような顔をし、淡海三船
「そうですなあ、子の草壁皇子に先立たれ、孫の軽王(文武帝)が継ぐまで、皇統を維持した、との意味で撰しましたがね」
 本当は、天孫の皇統が、持統帝の女系で繋がっているということから名付けたのである。
 彼も、天武帝の出生の秘密を、知っていたのである。
 彼は天智帝の子孫(大友の皇子のひ孫)であると同じく、天武帝の子孫(十市皇女のひ孫)でもある。
 この秘密、世間に喋ると、抹殺されることを十分に弁えていた。

「山部王、君も天智帝の子孫だよねえ。悪どいことをして、子の草壁を帝位に就ける矢先に急死されただろ。持統に、ざまあみろ、と言いたくないかね」
にやりとし、三船は帰っていった。

           
             夢の手伝い
  藤原良継の邸で、真備と良継が碁を打っている。百川が観戦している。
 1手打ち終え、良継
「右大臣(真備のこと)、宇佐八幡に参詣なされたことが、おありですか」
「4回になるかなあ。遣唐使船の安全の祈願、無事帰国のお礼で行ったが」
「私もこの前の太宰師のとき訪れましたが、霊験あらたかなお社でしたなあ。ですが仕えている神官らは2派で、いがみ合っているそうです」
と言い、続けて、都で見付けた分社の事に触れる。
 百川が後を説明する。
「あの小さい社は、宇佐八幡大神が大仏鋳造を助けるとの神託が都にもたらされた後、分祠されたそうで。何年か後、神託が偽りだと露見して男女の禰宜らが流刑に遭ってから、参詣者がなく、朽ち果てるのを見かねた中臣阿曽麻呂の一家が、世話をしてますな」
「ああ、阿曽麻呂か。たしか備前の守にしたな」
 彼ら藤原氏には明かさなかったが、実はその男は、藤原氏の氏の長者に仕える草忍であった。
 押勝を裏切った功により、真備は、備前国司にした。

「なんでも、出世の願が成就したから、世話に力が入ってまして」百川が言うと、真備
「その者、使えるかもしれぬ。来年の除目で弓削浄人を太宰帥、その者を大宰主神に就かせて、結託させて、宇佐八幡の『道鏡を帝位に』という神託が下ったと、報告させるのはどうじゃ。過去の神託から、胡散臭い神託なのが、味噌だがな。その者、この邸に来させるが、百川君、説得してくれ」
「では、その後、神託の真偽を確かめるため、誰かを確認に行かせるですかな」と良継
「そうですなあ。正義感が強く、謹言実直で、陛下の信頼が厚くて、皇家を尊ぶ人物が、それから道鏡の呪術の虜にならない者が、ふさわしいですな」真備、碁を打つ。
「真備様、そんな虫のいい人物がいますか」良継呆れ、碁を打つ。
「和気清麻呂が適任でしょう」宮中で仕えている百川、横から断言する。
「そちらは、私が説得しよう」真備、言い終え、碁を打つ。
 次ぎに良継が打ち、詰めて良継の勝利となる。百川、碁盤を片づける。
 密談の仮装のための碁であるから、別に真備、悔しそうな顔をしない。
 真備、厠を借りに行く。

 ちょうどその留守に、山部王が入ってくる。
 良継、山部王に、真備が座っていた上座を、うっかり勧める。
 戻った真備に、山部王、慌てて席を譲る。良継はシマッタとの表情である。
 山部王は、少し位を上げて、大学の頭になっている。兵部卿の良継への、事務上の連絡で来たので、用件を伝えて、直ぐに役所に戻る。

 良継の、山部王への下にも置かない態度に、不思議がる真備。
 位は良継の方は従三位、山部は下の従五位である。
「良継殿、貴公、山部王を婿に迎えるお積もりかな」
「はい、そう願っております」
「ですが、あなたの娘ごは、皆、嫁に行かれ、先ほど見かけた、六歳くらいの子だけでは」
「将来、あの子を嫁に遣りたいのですが」
「まさか、ハハ。十年後だと山部王は四十歳位ですぞ。諸姉様なら、歳が釣り合いますがなあ」
「そうか!その手が在ったか」良継、はっとした表情。
 横で聞いていた百川、怒る。
「冗談じゃない。兄上、私は諸姉とは別れませんよ。別れさせられたら、兄上の夢の手伝いなどしませんぞ」
 気がついたような顔をして、良継
「ああすまぬ。お前が夫だということを忘れていた」
「まったく、何ですか」ムクレル百川。

(夢の手伝い?はて何のことだろう)と思いながら、真備、帰り支度をした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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