大量生産法 約束の10日目、大極殿では、帝が臨席の下、諸臣見守る中、山部王、木箱を殿内に運び込んだ。 「まずは、陛下これをご覧ください」と言って、紙束を取出して、献上する。細長い紙をパラパラと捲り、帝驚く。 「妾が書いたものと、そっくり同じ陀羅尼ではないか」 毎日、山部王が参内し、1字書く度、礼拝合掌する儀式を監視され、へとへとになって書き終えた4種の経文である。
「柘植の板の版木で刷られた経文です。陛下の文を手本にして、版木を彫刻の匠に拵えて貰いました。ざっと百枚づつ、で四百枚出来ましたが、あと、九十九万九千六百枚、刷らねばなりませぬが」 道鏡の弟、参議、弓削浄人が呆れる 「その様な、写し物では、供養にはならぬではないか」 「さようですな、では、生臭い僧が、多い昨今、貴い太政大臣禅師様の御自筆で、百万枚書いていただきますか。当然、一字書く度、礼拝合掌していただきますが。1日8枚出来たとして、えーと、340年後に終わりますか」 道鏡、苦笑いして 「山部王、陛下の御字を写した物で良いでしょう。拙僧、340年も関わっておられませんなあ 」
「次ぎに小塔ですが、この様な大きい塔身に、経文を巻いて入れる穴を掘り、小さい9輪で蓋をするのですが」 と言い、箱から出した長さ15センチの太い塔身と、8センチの細い9輪を合わせた。 そして、箱から次々に出した部品を合わせ、同じ姿の6個の小塔を並べる。 「これらは、間伐材を轆轤で削って作った物です。出た木屑は紙の材料に回します。」 「間伐材とは何じゃ」帝尋ねる。 「大仏殿造営のための材木の切り出しで、諸処にはげ山が増えたのを逆賊、押勝めが憂い、植林させましたが、育った木々が密集すれば、育ちが悪くなりますので、大きくなる度に、間引いていくのです。間引かれた木の使い道は、薪か建築の足場くらいですので、仏塔になるとなれば、押勝めは、陛下の御心に感激し、成仏すること、間違いありませぬ」 帝と諸臣、あ然とする。 真備、百川、良継、坂上刈田麻呂らは、笑いを堪えた。
また山部王、分業での規格品作りと、流れ作業の量産を説明する。
「素晴らしいお考えだが、作る者達を揃えるのは如何になさる」 と道鏡、訊えば、 「禅師大臣様にお声を掛けていただいて、諸寺院の坊様の、修行の一環とした作務にしていただけたら良いか、と思います。諸々な技術を、匠達が教えます。山々を、洪水のない森に育てるため、木一本切るとて修行です。単調な作業を続ける苦行で、悟りを啓く方も出るかも知れませんし。ああ、工具類は、賊軍からの戦利品の武器類を、鍛冶屋に作り直させます」 道鏡、兜を脱いだ。
称徳帝崩御の前に、百万塔陀羅尼は10の寺に分奉されたが、現在、法隆寺だけに残っていて、残りの諸寺の分が、消え失せているのである。 作る数をごまかしたか、残りが粗悪品で、長い年月の間に屑に成ったか。
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