時間旅行 桓武帝、不思議な夢の話を始めた。 ………狭い社の中で横になっていると、不思議なことに腰が温かくなる。 痛みが消え、眠くなる。 ウトウトしだした時 「これ、山部や」しわがれた女の声がする。老女のようである。 はっと目を開けると、婆さんが見下ろしている。あの夢に出てきた婆さんである。 そう、神前起請文を見せて叱った婆さん、にっこりして言う。 「いかんなあ。また誓いを破ろうとする。やはり家持の娘の予知で、未来が知りたいのか。あれほど言ったのにのう」 山部、起き上がり 「何故、未来を知ってはいけないのでしょうか」再び尋ねる。 「うーん、そうじゃなあ…。おお、永主がうまい例え話を言っておった。お前、史記が好きじゃろう。ならば知っておろう。始皇帝が『秦を亡ぼすのは胡である』との予言を信じ、胡を匈奴と思い込み、長男を北辺に追いやり、暗愚な胡亥が後を継ぎ、秦が滅んだじゃろう。おそらく、信じなくても、何代か後に匈奴に滅ぼされていたかもしれぬ。後の漢が匈奴を滅ぼしたから、予言で、歴史の流れが狂ったかもしれぬ」 「そういう訳でしたか」 「当たる予言は、信じても信じなくても、皮肉な結末を招く。だから止めた。だが、お前の気持ちもよく分かる。誰しも、予言を頼りたがる。不運をさけて、楽をしたいものじゃ…」
お社が微かに揺れだす 「おや!地震が…、ああ、未来への時の穴が現れだした!山部よ来い。遥か未来へ連れて行ってやろう」と言い、山部の手を引っ張る。 すごい力である。急に目の回りが朱色(オレンジ色)の靄に包まれ、その空間を、鳥のように飛んでいる感じとなる。婆さんに抱きかかえられた状態のままである。 「暴れるなよ、お前の心、いや魂は、時のひび割れの中、未来へと行っておる。この朱色は、妾とお前の子孫の帝が、先祖を強く念じたとき発する時の穴じゃ。地震が起きたとき出来るがな。魂だけが通れる。心配せんでいい。この穴が閉じるとき、急に元の所に戻される」 空中を飛んで、時間の感覚で言えば、15分経つ。 「変じゃなあ。まだ先か。この前の、九百年後を越えておる」 「九百年後!九百年後に行かれたのですか」 「ああ、行った。高僧へ紫の袈裟を贈ったのが、法度違反じゃと東武(江戸幕府のこと)とやらの横やりに遭ったので、あの時の帝が嘆いていたなあ」 「東武とは何でしょうか」 「何でも武蔵の国にある、まつりごとを仕切る組織じゃ、朝廷は飾り物になっていた」 「朝廷が飾り物に!何故」 「そのほうが国が良く治まるのじゃろ。平和な時代のようじゃった。…ああ着いたぞ。千二百年後くらいじゃな」
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