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平安遥か(W)千年の都へ 作者:ゲン ヒデ

第26回   26
             時間旅行
 桓武帝、不思議な夢の話を始めた。
 ………狭い社の中で横になっていると、不思議なことに腰が温かくなる。
痛みが消え、眠くなる。
 ウトウトしだした時
「これ、山部や」しわがれた女の声がする。老女のようである。
はっと目を開けると、婆さんが見下ろしている。あの夢に出てきた婆さんである。
 そう、神前起請文を見せて叱った婆さん、にっこりして言う。
「いかんなあ。また誓いを破ろうとする。やはり家持の娘の予知で、未来が知りたいのか。あれほど言ったのにのう」
山部、起き上がり
「何故、未来を知ってはいけないのでしょうか」再び尋ねる。
「うーん、そうじゃなあ…。おお、永主がうまい例え話を言っておった。お前、史記が好きじゃろう。ならば知っておろう。始皇帝が『秦を亡ぼすのは胡である』との予言を信じ、胡を匈奴と思い込み、長男を北辺に追いやり、暗愚な胡亥が後を継ぎ、秦が滅んだじゃろう。おそらく、信じなくても、何代か後に匈奴に滅ぼされていたかもしれぬ。後の漢が匈奴を滅ぼしたから、予言で、歴史の流れが狂ったかもしれぬ」
「そういう訳でしたか」
「当たる予言は、信じても信じなくても、皮肉な結末を招く。だから止めた。だが、お前の気持ちもよく分かる。誰しも、予言を頼りたがる。不運をさけて、楽をしたいものじゃ…」

 お社が微かに揺れだす
「おや!地震が…、ああ、未来への時の穴が現れだした!山部よ来い。遥か未来へ連れて行ってやろう」と言い、山部の手を引っ張る。
すごい力である。急に目の回りが朱色(オレンジ色)の靄に包まれ、その空間を、鳥のように飛んでいる感じとなる。婆さんに抱きかかえられた状態のままである。
「暴れるなよ、お前の心、いや魂は、時のひび割れの中、未来へと行っておる。この朱色は、妾とお前の子孫の帝が、先祖を強く念じたとき発する時の穴じゃ。地震が起きたとき出来るがな。魂だけが通れる。心配せんでいい。この穴が閉じるとき、急に元の所に戻される」
空中を飛んで、時間の感覚で言えば、15分経つ。
「変じゃなあ。まだ先か。この前の、九百年後を越えておる」
「九百年後!九百年後に行かれたのですか」
「ああ、行った。高僧へ紫の袈裟を贈ったのが、法度違反じゃと東武(江戸幕府のこと)とやらの横やりに遭ったので、あの時の帝が嘆いていたなあ」
「東武とは何でしょうか」
「何でも武蔵の国にある、まつりごとを仕切る組織じゃ、朝廷は飾り物になっていた」
「朝廷が飾り物に!何故」
「そのほうが国が良く治まるのじゃろ。平和な時代のようじゃった。…ああ着いたぞ。千二百年後くらいじゃな」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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