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平安遥か(W)千年の都へ 作者:ゲン ヒデ

第23回   23
              遷都プロジェクトチーム
 東院(東宮御所)では、隠居していた交野の義父のはからいで、輸送や土木、建築、勘定、地誌、風水師など、百済系の実務の知識人たちが、定期的に東宮御所に集まり、遷都問題を研究する。 遷都問題は極秘であった。
 表向きは、昔の知古たちと交歓したい、との東宮の意であると触れられた。
 山部は、天武系の今の都をうち捨て、心機一転で新都を目指したい、と遷都の理由を言ったのである。
 彼らにさえ、水銀毒汚染は伏せられた。 
 ある日、最終結論を、義父が東宮に報告する。
「東宮様、皆、遷都先は長岡の地が有利だと言っております。利点は、水運が便利で、この都に近いし、難波からも資材を移せるし、遷都は早く終えられると。ただ1つ難点は、四角い条里制に合いにくい、いびつな都になります。それから手狭です」
「義父上(ちちうえ)周囲を広げるのは、どうなのですか」
「山を崩して、広げると洪水になると危惧する者がおります。それと、周囲を広げなくとも、急に田畑や雑木林が都になると、大雨の時、浸水するかも、と、1人が問題視しましたが」
「山背(城)の盆地はどうでした」
「あそこですか。広さといい、2つの川の配置といい、4神相応ですが、遠過ぎます。長岡に比べ、資材の輸送や造作に3倍以上の人手が費やされ、給する食料も、5倍は入ります。国が立ち行かなるでしょう。何故、あそこにこだわるので?」
「夢の啓示ですが」
「婿殿、ああ殿下、夢なぞに頼って、こんな大事業をなさるべきではありませぬ」
「ああ、分かった」山部東宮、ため息をついた。
         
             帝親子の苦悩
  宝亀8年8月に内大臣、藤原良継が亡くなる。
 娘、乙牟漏と山部東宮との間に3歳の長子が出来ているので、満足して亡くなったそうである。
 
 翌々月の初め、あちこちで、光仁帝に似た老爺が、薬箱を背負って智麻呂のあとを付いていた。
 帝が病で伏せっているので、老人が似ているのに誰も気づかなかった。

 数日後、清涼殿夜の中では、智麻呂の父、綾麻呂が帝に
「いやはや、影武者とは、疲れました。さてさて、また出羽の国に戻りますか」
「難しい仕事をしてもらってすまなかった。だが、そなたは、わしの声色がうまいそうだが、わしにはそっくりとは思えぬが」
「いえいえ、父上そっくりですよ。どうも本人には、自分の声が、他人と違うように聞こえるみたいですな」と東宮。
「では、お暇します。陛下、どうかこれからもお元気で」綾麻呂は頭を下げた。
 「うん、お前も元気でな」帝答えた。
「では陛下、私も下がります」従医、翼も出ていく。

 10日前、綾麻呂は、坂上の刈田麻呂への東北の情勢の報告と、差配への連絡に都に戻ってきた。
東宮へ目通りした際、感じが父に似ているのに東宮は気づき、影武者を頼んだのであった。
7日ほど、帝の寝所に綾麻呂が伏せて、他の人間は寄せず、従医の葉栗翼だけが付き添っていた。
 疫病に罹られたので、隔離しているとの名目であった。
  
 帝と東宮と智麻呂、3人が相談する。
 智麻呂に連れて、水銀毒汚染の実情を視察した帝
「大変なことだ。遷都など、そんな大事業、わしには出来ぬ。お前にすぐ譲位する」
「お待ち下さい、父上。その事の準備には、東宮のままのほうが好都合です。父上は帝としての職務に励んでください。22年の猶予があります。その間に計画していけばいいのです」

「都の寺院を、置き去りにするのはまずいぞ」
「やむを得ません。寺院も移すとなると、人手の多くが、それに割かれ、計画が遅れます」
「僧侶らを見捨てて、殺すのか」
 慌てて、智麻呂が、説明する。
「大丈夫です、19万8千人の井戸水の需要が消えれば、地下深くの水銀毒の水脈から上の水脈に上がることはないはずです。それに東大寺は、上からの重さで地盤が押しつけられ、水銀毒の水脈が途切れています。皮肉にも、原因の元が安全です。他の寺院も、大量に井戸水を汲むことはないから、大丈夫でしょう」
「では、山部、この難事業の計画、お前に任せる」

「話は別ですか、、父上、玄ボウの医学書を読めそうな神官を見付けました。太秦の近くの松尾大社に仕えていて、いまは隠居しているそうです。妹を診て貰いに行きたいのですが」
「よく分かったなあ」
 智麻呂が、
「わたしの、昔の仲間が、薬草を売りに来たとき、聞いたのですが、その神官の子が発狂したので、ツテを頼って宗像社にいき、日参して玄ボウ様に治療法を伝授してもらったそうです。もう70近いので、出歩くことが出来ないそうです」
「内密に、わたしが妹を連れて、そこを目指したいのですが」と東宮
「まさか、お前も影武者を使うのか」
「はい、この智麻呂を」
「殿下、ちょっと待ってください。そんな大役は…」智麻呂、いやがる
「大丈夫だ、布団に潜り込んで、わしの声色で、『誰も寄るな、誰も寄るな、疫病(天然痘)が移る』と叫んでいればよい。わしの物まね、上手ではないか。翼に侍らせるから、上手くいく」

「何故、身分を隠して行くのだ」光仁帝、訊えば、
「あの山背(城)の盆地を、詳しく調べたいので」
「遷都先にか?遠いと思うが…」

              京都の底冷え
 酒人内親王が乗った輿の一行は、冬の山城の盆地を西に進み、太秦の里の西の松尾大社についた。
 目当ての老人は、近くに住まいしていた。
 酒人内親王を診察し、玄ボウの医書の解説や治療法を丁寧に教えてくれる。それが数日間かかる。

「よろしゅうございますか。侍医様。一度に心の病が治ることはありませぬ。毎日毎日の患者への接し方が大事でしてなあ。些細なことで悩みはじめたら、それを逸らせる法は…」など、日常の接し方まで、山部に丁寧に教える。
 内親王の侍女のふりをした、18歳の姪、五百井も真剣に聞いていた。
 山部の妃になり、酒人内親王は、山部と女官、五百井の看護で、だんだんと正気を取り戻してゆくことになるが、まだ何年か先である。

 帰り際、老人
「ここの大社の背後の松尾山には、霊亀の滝がかかっておりましてな。そこからの水で、お社には亀の井があります。延命長寿、よみがえりの水といわれていますが、寄ってみなされ」

 一行は参詣を終え、帰途に就いた。
 行き帰りには、山城の盆地を精細に観察していた、山部東宮、泊まった寺で、唸った。
(なんという、底冷えのする寒さだ。こんな所は、都には、ふさわしくない)

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Novel Editor by BS CGI Rental
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