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平安遥か(W)千年の都へ 作者:ゲン ヒデ

第19回   19
                 百川のでっちあげ
 清涼殿では右大臣の大中臣清麻呂、内大臣の良継、左大弁大伴古慈斐、右大弁の百川、大納言の藤原魚名、参議、石川豊成、藤原縄継らが鳩首していた。
 戻ってきた帝に、事件の子細を、百川と石川豊成の2人で調べたいと言上する。
 帝は、今は隠居している、家宰だった槻本公老も加えるように、と命じた。
 陰謀ではないかと疑い、信頼できる彼なら、冷静に調べると、帝は思った。
 だが、公老が難波内親王の愛人であったことを忘れていた。
 公老の井上皇后に向ける目は、憎悪に満ちてくるのである。

 皇后の住居の弘徽殿内のあちこちを、3人が調べる。
「槻本殿、その柱の上の方を見て貰えませんか。私は櫃の中を調べます」と百川は言う。
 すぐに呪いの札が見つかる。足嶋の櫃の中から道教霊符大全も出てくる。小夜が入れたのである。
 内御書所に戻された本は、後を付けた小夜が、回収してしまっている。
 
 留められていた侍女達の取り調べが、始まる。
 足嶋にまじないの札を示し
「これは何だ」と百川が訊う。
 諸姉と侍女の会話と、まじない本をこっそり借りたことを話す。
「何時のことだ」と聞けば、正月元旦の7つ時(午後5時)と答える。
 百川と石川豊成、顔を見合わす。そして豊成が言う。
「あの日、年賀式のあと、ご夫婦に同行して、お屋敷で馳走を受けたが。同行中、百川どの、あなたは『諸姉よ、今晩、姫初めはどうじゃ』と言われ『あなた、他人様の前でなんですか』と諸姉様がなじられたなあ、ハハハ。確か、あの刻であったが…」
「いえ、確かに聞きました」言い張る足嶋。
 
 うんざりした表情を作った百川
「それから、お前の持ち物の櫃の中にあったこの本だが…。これはどういうことだ!」
 人を呪い殺す霊符の頁を、床に叩きつける。
「これは!たしか心の病を治すはずの…」足嶋、わなわなとふるえだす。
 自分が何者かにはめられたと、感づいたのである。

 百川のそばの槻本公老、ぼそと言う。
「皇后様は、新しい妃への嫉妬をなされたのかなあ。いままで新笠様らの妃にはそんなことはなかったが…」去年亡くなっている右大臣、藤原永手の入内した娘のことである。

「どうじゃ足嶋、悪いようにせぬから、わしが考えた調書を認めてもらえんかな。間違いがあれば、直すが」やさしそうに百川が言うと、足嶋泣き出す。
百川が読み上げる、皇后が大分前から帝を呪っていたとの、でっち上げを認め、足嶋、署名捺印するはめになった。


          智麻呂と侍医、葉栗 翼
  手術の翌朝、智麻呂は難波内親王に、台所で作った栄養水を飲ます。
 重湯や干し柿、蜂蜜などで作った、伊賀忍の秘伝の薬水である。
 そこへ、手術の手助けをした壮年の侍医が、入って来る。
「智麻呂殿と言われたかな。すごい腕前ですな。あのようなキズを縫う技は初めて見ました」
「ああ、たしか翼とのお名前の典薬さまですね。昨日は、こき使う様なまねをしてしまい、申し訳ありません」
「葉栗 翼です。ハハ、翼(つばさ)の名は皆様 よく覚えてくださいますなあ」
「あなた様は有名なおかたですから」
 葉栗 翼は、唐の女性と留学生の間に生まれた混血の人物で、日本に帰化している。

「後学のためお聞きしたいが、あの技と手術道具は、何処で学ばれましたか」
「実は、わたしめは草忍の部の出身でして、山部親王様の知古を得て、抜け出して、薬師の婿になれました。あの技は、叔父が大安寺のペルシャ僧から学んだ、いや盗んだのですな。わざと大けがをして、寺の僧の手引きで、ペルシャ僧の治療を受け、術を学びとったそうです。酒精(アルコール)の作り方も盗んだそうです。このこと、内密にお願いします」
「なるほどペルシャの医術でしたか。あの青いカビみたいな塗薬もペルシャので?」
「あれは、傷口が化膿しないという、昔からの言い伝えで」
「ほほう…。智麻呂殿、ぜひとも、手術の技をお教え下されませんか」
「喜んでお教えします。わたしにも唐の医薬をお教え下さいませ」

 10歳違う2人は、友人となり、長い付き合いをするのである。
 数年後、翼が唐へ行くとき、智麻呂は、水銀毒の検査薬の調べを頼み、翼がもたらした材料で、地下水の汚染の調査が早くなった。
 
 2人が、渡り殿へ出ようとしたとき、6人の、皇后付きの侍女等が、帰り支度で通り過ぎる。
皆、解雇されたのである。涙顔の者達の中、1人、能面のような無表情の女を智麻呂、見付ける。
(あれ、中忍の娘、音早(おとはや)様ではないか!さては…)
 子供の頃のあこがれの少女は、ちらっと智麻呂を見、キツい眼差をし、通り過ぎる。
「智麻呂殿、どうなされた」翼、尋ねる。
「昔の知り合いの女によく似た女性を見たので…、人違いでした」
「解き放たれる、あの侍女らはまだいい方ですな。2,3人責任を負わされ、流刑にあうらしいですよ。何故、こんな刃傷沙汰が起こったのでしょうな…。ああ、この出来事一切口外してはならぬそうですよ、お互い気を付けましょう」
  

                井上皇后の廃后と他戸の廃東宮
  3人が提出した8枚の呪いのお札を見、光仁帝驚く。まちがいなく井上皇后の筆跡である。
 呼ばれた陰陽頭、大津大浦が、見つかったまじない本を調べ、陛下呪殺の札に間違いないと言上する。
 頭を抱える帝に、重臣らは井上皇后廃后の詔勅の下書きを見せ、ご承認をと願う。
 山部を至急、都へ戻し、相談してから決めたいとの帝の願いを、臣下らは押しとどめた。
 表向きは、渤海使帰国を山部親王が見送る最高の儀礼を、いまさら取り止めて、渤海国の心証を悪くするのは如何なものか、と。
 内心、良継と百川が怖れたのは、戻ってきた山部親王が、思いもせぬ手をつかい、穏便に解決するかもしれないことであった。
 廃后の既成事実を作ることで、親王にはどうすることも出来なくしてしまおう、と2人は考えたのである。

 臣下らの強要で、やむなく帝は廃后を承諾する。
 3月に、山部が急いで都に戻ってきたときには、廃后の勅がなされてしまっていた。
 父に、何とか取り消しを、と山部が懇願しても、即位させられた立場では、どうにもならぬと、帝はうなだれた。
 
 5月に入り、箝口令が引かれていたのに、東院の他戸東宮に廃后のことが漏れる。
 怒り狂った、東宮、帝の在所におし掛け、父を殴る。
 即、廃太子の処分。母子は内裏を追われ、高官の屋敷だったところに軟禁された。

              良継の頼み
 このごたごたは、世間にはもらさず、難波内親王は病であると、公表される。
 山部と大臣等が別々に、密かに見舞いに訪れた。
 山部の見舞ったあと、ある日、良継が訪れ、人払いして、難波女王に頼み事をする。

「そんな、大嘘を弟(光仁帝)に吹き込めと言うのか」
「内親王さま、何も罪科のないあの方たち(井上廃后と他戸廃宮)を陥れるのは辛いのですが、本来の王家に、天武帝の血筋を混ぜるわけにはいきませぬ。あの偽帝が、お父上、志貴皇子に、とんでもない仕打ちをなされたのを忘れましたか」
「偽帝!お前知っていたのか!…父がこっそり話したが…。じゃが、仕打ちとは何じゃ」
「あの偽帝の娘、お父上の妻になり、お兄上、春日王を産みましたなあ。あの王、何の病に苦しみましたか」
「まさか!父にその病を移そうと」
「昔のことを、今頃気づかれたか。幸い志貴皇子には移らなかったが。あの忌むべき病は、健康な時には移らぬが、大病で弱りすぎた時には移るそうですな。…どうも病の村から連れてきた娘を、皇女として育てさせたそうです。天武帝は恐ろしいお方です」
 
 難波内親王、じっと寝床で考え込んで
「良継、お前、山部を帝にしたいのであろう。そのために百川と謀って、わらわを井上の元に呼び出したのであろう」智麻呂が、忍びの侍女のことを、ちらっと耳に入れられていた。
「それは…」良継、後の声が出ない。
「計画通りになったのか。わらわは、とんだ痛い目にあったものよ」
「実は、計画では、あなた様が、皇后様のお首にハサミを…」
「あれまあ…、上品なわらわは、そんな下品な行いはせぬ。オホホホ。ああ、いたたた」
 笑って背中の傷が疼いた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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