饗宴 その頃、豊明殿では渤海使一行との饗宴が行われていた。あの和解の宴である。 長テーブル(台盤)に料理と酒が置かれ、唐椅子に参列者が座る。現代の宮中晩餐会と同じ光景であろう。 ただし、昼過ぎの宴である。蝋燭を惜しげもなく使える時代、ではない。 光仁帝、御座に座っていたが、皇后の遅いのが気にはなったが、いつものように化粧に時間が掛かっているのだろう、と思った。 見れば、渤海使、壱万福と吉備真備が当時の国際語・唐語でにこやかに会話している。 国際人の真備は、この宴に呼ばれていたのである。 帝、その席に近づき、 「大使殿、大臣らが、就いたばかりの職務に力が入り、強硬な態度をとりまして、申し訳ありませんでした。もっと穏やかにと頼みましたが、担がれて即位した手前、強く言えませんでしてなあ。どうか、国王にはその事、宜しくお伝え下さい」 真備が上手に通訳し、壱万福も詫びを言い、真備が帝へ伝える。
自分の席へ戻ろうとしたとき、焼き鯛の身をほじっている若者をみる。 近づき 「智麻呂ではないか。どうしてお前参列しているのだ」 殿上人でない無位をしめす黄色の服を、薬師は着ている。 「ああ、白壁王様…あわわ!陛下!」 食べている物を喉に詰めて、水を飲む。 どぎまきして、 「真備様の付き添いの薬師として、付いてきまして」 「真備は病気か」大使と話を続けている真備を見る。 「いいえ、そういうわけでは。ご相伴にあずからせてあげようと真備様が…。ですが真備様の万一のときの、薬師の道具箱は持っております」下の包みを示す。 「はは、そうか。よく楽しんでいってくれい。お前は病の見立ては下手だが、キズの治療は上手だなあ。押勝の乱の負傷者で、お前が治した者は、皆感謝しておったぞ。やはり、伊賀の忍びの技か」 「まあそんなとこで。ああ、陛下、伊賀のことは内密に…」 「ああそうだったな」 従軍薬師として義父と共に負傷者の治療に当り、見たこともない、傷口を縫う手術を智麻呂がするのを、軍監の白壁王は驚いたのである。
「で、見立ては上手になったか」 「陛下、まいりますなあ。まあ頑張っております」 白壁王が夏風邪を引いたとき、山部が智麻呂に看させた。が、見立てを誤り、こじれる。 で義父が診て、智麻呂に怒った。 「風邪ならばと、何でもかんでも葛根湯で済ませてはならぬ。証をよく見分けろ」と
慌ただしく役人が入ってきて、帝の耳元で何やら話す。 仰天した表情の帝、智麻呂に 「いま、奥で瀕死の怪我人が出た。すぐ、一緒に来てくれ」 道具箱を抱えた智麻呂、帝の一行と共に内裏に急いだ。
外科医、智麻呂 血で汚れた渡り殿の前の殿では、三方を屏風で囲った中に寝所がこしらえて、67歳の難波内親王が俯かされ、智麻呂が背中の刺し傷の手術をする。 横で侍医が手術道具を渡したり、智麻呂の額の汗を拭う手助けをした。 この場では酒精(アルコール)臭が漂っている。智麻呂は、瓢箪の焼酎を傷口の周辺にまき散らしたのだが、まだその頃、蒸留酒の作り方が日本に伝わってないのに、不思議である。 傷口を縫い終え、手術が終わるまで1刻半(3時間)かかった。 心配そうに外で待っていた光仁帝に、出てきた智麻呂 「陛下、何とかキズ口は塞ぎました。お太りぎみなのが幸いでした。化膿や余病を引きおこさなければ、命をとりとめましょう。しばらくの間、ここから動かさず、食い物を汁にして、飲まします、台所を使わしてもらえますか」 「ありがとう、智麻呂。(侍女らに)皆の者、智麻呂に協力してやってくれ」 「しばらく、休みます」智麻呂、建物の奥へいって、ごろっと寝ころぶ。 「掛けものを智麻呂にな」侍女に命じる。。 皇后と、お付きの者らは、内裏内東北の建物の内に押し込まれていた。 面会を臣下らは押しとどめたので、しかたなく帝は清涼殿へ戻る。
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