恐ろしい書き初め 光仁帝の治世3年目の正月元旦、井上皇后の侍女頭、足嶋が、尚侍(女官長)の控える殿の前の渡り殿を通り過ぎようとしていたとき、中で声が聞こえる。 尚侍(女官長)諸姉とその侍女、桔梗の話し声である。不思議と声が大きい。 「申し訳ありませぬ。てっきり、お上への献上の書と思い、内御書所(内裏内の図書館)の受付の台に置いてきました」 「あれに書かれた、まじないで、持病の偏頭痛を治してから、献上しょうと思ってたのに」 「誰も不在でした。取り返してきます」 「もう帰らねば。仕事始めの日にせよ」 「その本に書かれたまじないは、本当に効くのでしょうか」 「ああ、よく効くらしい、人の心の病も治すとの評判の、唐の最新のうらない本じゃ」 足嶋は、急いで弘徴殿の皇后の元へ戻っていく。
御簾を上げ、足嶋の後ろ姿を見た2人の内1人は桔梗だが、もう1人は皇后付きの小夜である。 「小夜さん、声色(こわいろ)は上手ねえ。諸姉さま、そっくり」 「桔梗よ、ではまた」声色のまま、女忍者は去った。
「足嶋、このまじない、殺や怨など恐ろしい文字が付いているが、本当に他戸の病に効くの。それに、ここに子の父親の名も書くよう、指示されているが…」井上皇后、首を傾げる。 「この題名の道教霊符大全を、わたしは噂で聞いたことがあります。間違いありませんでしょう」 「そう、では書くか」 謀られたとも知らず、8枚の光仁帝呪殺のお札が作られてしまう。 書の指示通り、皇后と東宮の殿の四隅の軒裏に、隠されるように貼られた。
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