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平安遥か(W)千年の都へ 作者:ゲン ヒデ

第13回   13
        白壁王立太子
 それから半刻後、紫宸殿の南面の庭で、殿上人らが整列する。
 宣命使が、左大臣藤原永手に偽造の遺勅を渡した。
 それを、永手が読み上げるのだが、ちょっとした手違いがあった。
「白壁王こちらに」と永手が言うと、傍まで寄り、遺勅を貰おうとする仕草を、王はする。
 先帝の姉婿の自分が、代読役だと思ったのである。
「王、貴方様はそこにお立ちくだされ」永手は前を指す。
不審そうに王、移る。
「あ、頭をお下げください」白壁王、訳が判らず 下を向く。
永手、読み始める 
「今詔りたまはく、事卒然に有るに依りて、諸臣等議りて、白壁王は諸王の中に年歯も長なり。また、先の帝(天智天皇)の功も在る故に、太子と定めて、奏せるままに宣り給ふと勅りたまはくと宣る」
 白壁王、(あれ?)と思い、顔を起こし
「いま、なんと言われた、意味が判りませぬが」
「お静かに、もう一度、読み返します」と永手は繰り返し読む。
 王、顔色を変える。うろたえ
「私めが、次の帝に!何も聞いておりませんぞ!何かの間違いでは!」
 横では、吉備真備、思い切り、呆れ果てた顔を作った。
「まあまあ、とにかく御座所へ、皆様ご案内を」と百川
 皆が依ってたかり、いやがる白壁王を紫宸殿御座所へ連れて行って、座らせたのである。

            親子の対面
 その頃、山部王は、大学寮で待機していた。
 親子二人も、皇嗣の発表に参加しなくてもいいから、待機するように、との指示があったのである。
「大学頭様、どなたが次の帝に成られるのでしょうねえ」
 部下の質問に
「文室浄三様ではないかなあ」
「あなた様のお父上も、噂に上っていますが」
「まさか…、傍系だよ、私の家は」一笑に付す。

 そこへ、百川がやって来る。
「おお、山部王、居られたか。東宮様のお呼びです。一緒に来てくだされ」
「ああ、次の帝は決まりましたか。で、どなたですか」 
「ああ、あなたのよくご存じの方ですよ。会ったらすぐ分かります」
 嬉しそうな顔で、手をこすりながら、百川、山部を促す。
 行く道々で尋ねるが、にこにこ顔の百川、勿体ぶって話さない。
 紫宸殿近くになると、会う人物らは皆、山部に頭を下げ、丁寧に挨拶する。
 自分より高位の者らまで、へりくだるので山部、不思議に思う。
 
  紫宸殿に入ると、真備、永手、良継らの重臣が控えている。
 皆に勧められ、御座の御簾へ近寄ると、父が浮かぬ顔をして、座っている。
 東宮が着る黄丹(おうに)の朝服が間に合わなく、父は、朝からの朝服のままである。
 
 思わず、山部
「父上、東宮様が座を外した隙に、そんな悪戯をして。露見したら大変なことになりますよ。全く、悪戯好きにも程がある!皆様まで、一緒になって!早く、どいて!」
 父、ため息をつき、
「違うのだ、山部、悪戯ならいいが…。押しつけられたのだ」
「何をですか」
「皇位を…」頭を抱えた父。
「ええ!」山部、後の声が出ない。
 親子の会話を聞いていた重臣らは笑いだす。
 
 にこやかに真備、例の腹踊りの件を山部に話す。
 笑い出した山部
「父上、人からの妬みから身を守るはずの腹踊りが、皇位まで引き寄せたのですね。ははは」
「笑うな、全く、こんな事になるとは…」
「で、先帝の遺言通り、腹踊りを東宮就任の式の時、披露するのですか」
 横から真備
「とんでもない!そんなことをすれば、即位どころではなくなります」
「やはりなあ。でも父の腹踊り、私は見たことがないから、見たかったなあ」
「ご家族内でこっそりとなされませ。これからは人に見せることは出来ませんぞ、東宮様」
 真面目な真備
「出来ぬのか」残念がる白壁王
「私にだけ、披露してください」山部
「家族には嫌じゃ。軽蔑される」
 皆笑う。
 
 ふと思い出し、父言う
「それからなあ、わしの即位の後、東宮(皇太子)は他戸だそうだ。お前の方がいいと思うが、血筋でそう決まったそうだ。堪えてくれ」
「他戸が東宮に。それは良かった」
 本心から山部は喜んだ。精神不安の持病を持つ他戸の、これからの宮仕えに、白壁家の者は不安を感じていたのである。世話を受ける東宮ならば、何とかなるのである。

 書類を持った役人が来て、控えて言う
「まず、東宮様のご家族の新しい称号につきましては、お子様は、他戸東宮、山部親王、早良法親王、稗田親王、能登内親王、酒人内親王、ご兄弟で、難波内親王…」と読み出す。
 何気なく聞いていた山部、不意に
「わたしが親王!親王になれるのですか」山部、感無量の面持ちで泣き出す。
役人、読むのを止め、諭すように山部に
「先ほど東宮様が言われたように、東宮は他戸様なので、あなた様は親王ですが」
「違うのです。嬉しいのです。望んでも成れなかった1世王を超え、親王になれるのが嬉しいのです」涙でくしゃくしゃに成った顔を、袖で拭く。
良継と百川、意外そうに山部を見る。これから帝まで押し上げようとするのに、山部の感動に不思議がる。
 父が声を掛ける
「良かったな、山部、親王になれて。思えば、幼い頃、お前は、なぜ私は皇族になれないのか、父上と同じ王でありたい、と悔しそうに泣いていたなあ。これだけでも、皇嗣になった甲斐があったか」やさしく父は子を見つめる。
 臣下等、二人を温かく見つめる。

【稗田親王とは、白壁王と姪、尾張女王との間の子です。王の弟の里で暮らしていた、としておきます。まだ数人いるが、省略します。登場人物が多すぎると書きにくいので、省きました】

 白壁王、思い出して、左大臣に
「流刑に遭った、惠美押勝の6男、刷雄を許して、取り立てて貰えぬかな。それからあの乱の賊側の者等はお咎めなしに。それから不破内親王の親子、他の者達も許してもらえぬかな」
 左大臣、永手
「刷雄達はすぐ出来ますが、不破内親王様は、訴え出た者を取り調べてから、冤罪であると判明してから、ご帰還できます。しばらくの猶予を」
「頼みます」白壁王、頭を下げる。
            
 色々な打ち合わせ中に、真備
「東宮様、私はこれを機会に引退します」
「それは困る。貴公の見識と経験はこれからも必要です。是非ともこのままで留まって貰わねば…」
「殿下、私の齢は75です。これ以上、任には耐えられませぬ。元気な内に、し残したことに励みたいので」
「何をなさるので」
「人々への軽い手助け、奉仕ですな。雑多なことをしますか」
と言い、都の4隅に設けた役神の社と、都内の数カ所での吉備神社の分社を設けたいのでと、用地の拝領を申し出る。
 4坪づつなので、東宮快諾して
「何故、あちこちに設けられるのかな」
「いやあ、世話のため動き回ると、からだにいいでしょう」
「さようですか」
 実は社の中に深い井戸を隠し、水質の検査をしょう、と真備は考えていた。
 かくして、その日は済んでいった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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