七夕の夜の白壁邸 毎年、七夕の夜は、笹を立てて飾り付けをしていた白壁王邸では、今年は帝の不調により、七夕祭を遠慮した。
ただ1人、山部王、庭で空を眺めている。 そーと、後ろから近づく人影がある。 「山部さま、どうなされました。妾は空の上には居りませんわ。今降りてきましたわ」 女姓の声を真似ているが、山部、すぐに誰だか気づき、 「父上、下手な悪戯ですよ」笑う。 「何だ、気づいたか」 「分かりますよ」 父も空を見上げ 「どうだ、山部。まだ、次の嫁を貰う気になれんのか。もう33歳だぞ。亡き妻も許してくれよう」 「何だか、次を貰っても、また死なれる様な気がして…」 「人の運命は、明日のことさえ分からぬ。毎日、毎日、勤め上げるだけだ。運不運は天に任せろ」 言い終え、何やら織女星に向かって呟いている。
「父上、お祖母様に何をお願いしましたか」 「うん、家内安全、無病息災、官位安泰」 「はは、お祖母様は、お宮の神様ですか。」 「わしにとっては、守護神だ。大納言か、よくここまで出世できたと思う。だが、これからはそうは行くまい。次期帝は、今の帝と違い、贔屓はせぬだろう」 「そう言えば、左大臣邸に、本流の皇族等が集まったそうですよ」 「不平不満が起こらぬように、根回しをしたのだろう。傍系のわしらは、お呼びでないということだろうなあ」 「次の帝は、誰でしょう」 「陛下は、文室浄三を1番優遇していたから、彼を指名するのではないか」 「しかし、相当の年寄りですよ」 「すぐに長男に譲位するさ」 「父上を皇嗣になどと、陛下が血迷って遺言なさらないでしょうね」 「まさか…、わしを見て、吹き出しそうになっておられるから、それはありえぬ」 「腹踊りのやりすぎですね」 「いいのだ、陛下に笑っていただいた事で、政ごとに何か良い影響があったかもしれぬ」 「そうですかねえ…。ああ、わたしも妻に願いをいますか。家内安全…あれ!わたしは独り身だ。はは」 二人のさわやかな笑いが、庭で響いた
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