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平安遥か(V)飛翔の時 作者:ゲン ヒデ

第3回   3
          
 更なる王家の秘密
とっさに永主に話を合わせたが、香具山の話は、父、宇合(うまかい)が天然痘で亡くなる際、息子の広嗣、良継、百川等を前に、言い残した話の初めだが、後の続きが信じられない話なので、皆、熱のせいの父の妄想だろうか、と半信半疑であった。
が、あっけらかんと永主がうち明けたので、父の言い残した話が事実だったと、良継は、やっと今、確信したのである。
ずっと前、家持ら、古くからの豪族の末裔に探りを入れたが、皆、上手に惚けたのである。たとえ親友といえども、漏らすと一家眷属が処罰される危険がある、王家と秘密を共有する秘儀の儀式だったのである。

今居る社で、不思議な気分に襲われ、何故かしら、良継は話し出す。
「言っても良いだろう。実はなあ、もっと深い秘密があるのだよ。それを隠すため、その異父兄の話を信じさせ、豪族の子孫に伝えることを、不比等様は狙ったのだ。信じられぬ事だが、大海人皇子(天武帝)は斉明女帝の産んだ子ではない」
「まさか!」
「まあ聞きなさい。初めからの順で言うと、最初に、宝の姫(後の皇極、斉明女帝)の許に通ったのは蘇我蝦夷、二人の間に産まれた子が蘇我入鹿、半年位で別れて入鹿は、蝦夷に引き取られ、まもなく渡来系の東漢高向(やまとあたいのたかむく)という者が通ったが、蝦夷の配下の者に襲われ、殺された。蝦夷の嫉妬心からかなあ。いや、家来の独断かもしれぬか。殺された男には、他の女との間に赤子がいてなあ。男の家の下女らしいが、産後の肥立ちが悪くて、亡くなったそうだ。その子を哀れんで、斉明帝は自分の子として育てたのだよ。斉明帝14,5歳のことだ。後は、田村王(舒明天皇)が通い、中大兄皇子が生まれた。それが、先ほどの君の話に替えられたのだよ」

「それでは、天武帝は王家の血を引いていないことになりますよ。皇族に成りすまして、即位したことに…。では何故、斉明帝は、その様な行いをなされたのですか」
「ときたま未来が見え、それに従ったそうだよ」
「予知!」永主、姉を連想する。

「赤子の入鹿と添い寝しているとき、大人になった入鹿が、自分の目の前で惨殺される光景、が現れたそうだ。で、斉明帝は子と一生会わなければ、そんな不運にならないと思い、蝦夷と別れ、子も引き取ってもらった。まあ、13歳位の娘の考えだろうが。で、大海人皇子(後の天武天皇)を抱えたとき、次に生まれる自分の子が皇位に就くのを、この赤子が尽力している有り様が浮かんだそうだ。でその子を引き取り、育てた…」
話しは続く…夫の田村王は、蝦夷の後押しで推古天皇の後を継ぎ、即位し、まもなく亡くなり、中継ぎとして宝の姫(皇極、斉明帝)が即位することになる。
「どうも、予知に従って、斉明帝は栄光への人生を選んでいったらしい。がその先には、大変な悲劇が待ち受けていたのだ。分かるだろう…」良継続ける。
 
自分の父が蘇我氏に殺された事を、誰かが教え、大海人皇子は幼いときから、蘇我氏を滅亡させる事を誓い、父親の里へ通い、謀略の知識を学んでいった。
 大人になると、じわじわと反蘇我の仲間を増やし、あの小墾田宮の事件が起こる。
「あの事件は、中大兄皇子と鎌足様が仕組んだのではなく、大海人皇子が全てお膳立てしたのだよ。鎌足様も舌を巻く謀略家に、大海人皇子はなっておられた」
 
もっともらしく、新羅からの貢の儀式をでっち上げ、入鹿を呼び寄せる。
「今まで女帝が自分と会おうしないのに、急に呼ばれ、母に初めて会えると、入鹿は喜んで早めに参内したのだが…」
 騒ぎを聞き付け、女帝がお出ましの時見た光景は、息も絶え絶えの長男、入鹿、血塗られた刀を下げた次男、中大兄皇子、止めの槍を刺している育ての子、漢皇子(大海人皇子)、の兄弟三人の殺し合いの修羅場であった。
 悲劇の予知が現実化して、斉明女帝は生き地獄をみたのである。

「絶命寸前の入鹿が、女帝に呻きながら尋ねるのだなあ。『おもの君(お母様)おもの君(お母様)何故、この様なことをなさるのか』史家は おうきみ(王君)と聞き違えて書いているがね、女帝は『妾は何も知らぬ、何も知らぬ』と戦慄(わなな)き、奥へ逃げ帰って、嘆いたそうだ。 この悲報を聞いた蘇我蝦夷が、屋敷に火を掛けてあっさり自殺したのは、斉明帝の予知の話を打ち明けられていて、運命だと諦めてしまったからではないかなあ。そして、その後の歴史では、天智帝は長い間、即位できなかった。これは、女帝が、自分の選んだ予知に不安を感じたからだろう。自分の弟、軽皇子を即位(孝徳天皇)させたが、大海人皇子が工作し、孝徳帝は孤立させられ、亡くなる。で、女帝は、息子を即位させずに重祚する。が、百済救援のための行幸地、筑紫の朝倉宮で、井戸に毒を入れられ、お付きのもの全員と共に殺されたのだよ。犯人は新羅の間者かもしれぬが、大海人皇子かもしれぬ」
「まさか、大海人皇子にとっては、育ての母となるのでしょう。いくら何でもそれはないでしょう」
「よく判らぬが、予知通りに運命を任せると、途中からの変更が出来ぬようだ。あえてすれば、死を招く事が起こるようだなあ。女帝と大海人皇子の間に、中大兄皇子の即位問題の意見違いがあったかもなあ…。斉明帝が亡くなった後も、天智帝は長年即位できず、称制とか唱えて統治したが、あれは孝徳帝の后だった、妹、間人様が宮中の神事の儀式を取り行う、天皇なみの職務を、斉明帝に命じられたからだ。とにかく、斉明帝は、中大兄皇子の即位を遅らせたかった。即位すれば大変なことが起こる、不安があったのだろう。で、間人様が亡くなって、やっと天智帝が即位した。そして天智帝が亡くなると、大海人皇子は壬申の乱を起こし、天武帝になるのだがねえ」

「誰も、大海人皇子の出生の秘密を知らなかったのですか」
「身近の人間、例えば斉明帝の義理の息子、古人大兄皇子は、漢皇子(大海人皇子の前の名)が皇族でないのに皇族とされていたので、日頃、韓人(からひと)と蔑んで呼んでいたし、蝦夷の弟の蘇我倉田麻呂、斉明帝の甥の有馬の皇子も、経緯を知っていた、だから、大海人皇子は、巧妙に謀反の疑いを中大兄皇子に焚きつけて、皆を殺させ、自分は素知らぬ風を装ったそうだ、自分の出生の秘密を、斉明帝から鎌足公が聞かされたことに気づいて、鎌足公の落馬の負傷の薬にと巧みに毒薬を勧めて殺したらしい。これらの話は、鎌足公の遺文に書かれていたらしいが」

「でも、天智帝は、知っていて何の手も打たなかったのですか」
「ああ、何も知らぬ取り巻きの者達が、大海人皇子を東宮にと言い出したので、不安になり、大津の宮の高殿の宴の時に皇子に臣籍降下を勧めたが、皇子は、前もって用意していた入鹿を刺し殺した槍を、床に突き刺し、『この槍に付いた古い血の跡を見ろ。お前のために泥を被って働いたわしに、そんな仕打ちがあるものか。お前は、とんでもないことをしたのだぞ』と吼えたそうだ。入鹿が兄だ、と喋られては困る天智帝が、刀に手を掛けた時、鎌足公が間に入り、『お止めください。昔のことを蒸し返しても、詮無きことですぞ』と止めにはいって、臣籍降下は沙汰止みになったが、あの時、鎌足公も自分の出生の秘密を知っていると大海人皇子は、気づいた、だから亡きものにしたらしい」

「あの出来事は、自分を退けて、大友の皇子を東宮にするので、大海人皇子が怒ったとか、額田王を奪われて怒った、とかいわれていたのが、本当はそうなのでしたか」
「額田王は、元々、天智帝周囲を探る大海人の間者だよ。君の家の歌集にも載っているかな、『茜さす紫野行き、占野行き、野守は見ずや、君が袖振る』あれは、『宮中奥深く、天智帝の身近にいる私に、もっと情報を知らせよと催促なされますが、露見していますから、もう出来ません』と遠曲に言ったのだろう。天智の子、大友皇子の妃に娘の十市を迎えられ、孫の葛野皇子も生まれている。額田王は、板挟みに苦しんだのかな。それに答えて、大海人の『紫の匂える妹をにくくあらば、人妻ゆえに我こいめやも』あれは、きっと、『お前だけが頼りだ、天智帝に色仕掛けで寝ても良いから、情報を送ってくれ、』ということだろう。宴の中でそんな深い意味を忍ばせた返歌をとっさに作った大海人皇子も、たいしたものだ」
「ああ、優美な問答歌だと思っていたのに。あなた様の解釈を聞いて、がっくりしましたよ」
「すまぬ」

「でも、恐ろしい方ですねえ、天武帝は」呆れる永主。
「だがなあ、自分の出生の秘密を守る為には、非情な事をなされたが、平素は、気さくで明るく世話好きで、皆に好かれたそうだ。それでなければ、壬申の乱で多くの味方が、はせ参じないだろう。君の曾祖父、安麻呂殿もな」
「あれ、まるで、山部様のような感じですねえ」
「そういえば、似ているなあ。だが、山部君は、青空のように明るい。人々のために働いた、と聞いているがねえ」
「ああ、父から聞いていますよ。何でも、物を売った里で、川の氾濫があって返済の荷が集まらないので、取り立てをやめて、知りうる知識で、堤防を築くのを指図して造らせたから、川の氾濫はもう起こらなくなったとか。貧しい村々に、薬草採りや、機織り、陶器作りを教えたので、楽になったとか。ろくな産物もない村に、石組みの法の技術書を持っていって教えた、あれは穴太の村だったかなあ。まるで行基さまみたいですねえ」
「それらの里人達から敬われているとか聞いたがね」
「いまだに、あの方が作らせた、不毛の地を緑地に変えた、水送りの伏水の法(サイホンの原理)が、よく判らないのですよ。水が低い処に下りて、また高い処に上がるなんて」
身振り手振りで、永主説明するが、良継も理解出来ない
「今度、山部君に聞いてみるか。さあ行こうか。あ、先ほどの天武帝の話、誰にも話したらだめだぞ、父上でもだ。君の家の歌集と同じく、世間に漏れると大変なことになる。君も私もただではすまぬ。ははは。脅かしてすまん。漏らしても、とんだ妄想と皆思うがねえ。でも用心、用心」
振り返り、社の小さな主殿を見て、良継尋ねる。
「ここは何の神を祭っているのかねえ」
「宇佐八幡様の分祉ですよ」
「崇神帝か」もう一度、柏手を打ち、頭を下げて、出ていく。

彼らは、陪神に何故か、斉明帝も祭られているのを知らなかった。
主殿の中で寝そべっていた斉明帝が、起きあがる。
「良継め、妾のいやな昔を思い出させおって。さてと、吾子(家持の娘)の処へ戻ろうか。しかし、とんでもない誓いをしたものじゃ。あの世に行けず、あの歌集を守って100年か。これ以上、和歌集めを続けられては堪らぬから、永主の写した巻物に乗り換えたが。はて、今後はどうしようかの」
 ふわふわと空中へ飛び出した斉明帝は上を見る。「おや、6人も人が昇っていくが、幼い子もいるのう。はて、何かの災害に遭うたのかのう」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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