ぼんやりレストランの中が見えるが、彼女にとって珍しい世界だが、興味を引く気分ではなかった。 と、少年が何やら楽器らしき物を持ってきた。さっきの注文を訊きにきたボーイである。そして横にすわっている男に話しかけた、 「芦屋先生、ちょっとだけでいいですから、僕の弾き方を見てください」 「君はこの店の子か、先生ねえ」照れた男は、快諾し、少年がギターを弾いた。 大后は、聴いたこともない音色と調べに興味を持った。それは(アルハンブラ宮殿にて)という名曲だが……。 楽器を男が受け取り、ここはこう弾いて、指はここを押さえてね、と教えていたが、 終えると男は、少年に何か弾こうかと、たずねる。少年が考えているとき、持統は、すかさず、 「人はただ一人旅に出て、を歌って」 芦屋は、横からのリクエストに苦笑して、 「はしだのりひこ とシューベルツか、まあいいでしょう。津田さん、歌える?」 その向こうに座った三十代の男が、 「教科書に載った曲だよ、覚えてるよ。何ならみんなも一緒に歌おう」
芦屋が、ギターで前奏を引きはじめ、「風」の歌を、澄んだ歌声で歌手が歌い出し、やがて皆が合唱しだした。つれて持統も口ずさんだ。 曲が終わると、大后は、ある歌詞に深い感動を覚えた。……と、視界が白くなり、周囲の音も消えてゆく。
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