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龍の落涙(元和二年 伊達政宗の風聞騒動) 作者:GART

第11回   十年経てば昔話
寛永五年三月十二日、
政宗は伊達江戸屋敷にて前将軍秀忠を自ら包丁をさばいてもてなす事になった。

 その前日に内藤外記は酒井忠世や土井利勝、柳生但馬と共に打ち合わせにやって来た。

「今回の進物は何でございましょうか」
 と、内藤外記が尋ねる。政宗は貞宗など百余りの名品を見せるが、外記は首を縦に振らず、
「鎬(しのぎ)藤四郎(とうしろう)はどうでしょう」
 
 これを聞いた政宗は激怒し、
「大御所以来、三代に渡って命を捧げて仕えてきたのだ。道具が惜しいので申しているのではない。この鎬(しのぎ)藤四郎(とうしろう)は太閤から頂戴したものだ。いくら天下が変ったからといって、それを渡すわけにはいかぬ。今まで披露した百の品物に献上して恥じる物はない」

「でございますが、大御所様の進物は是非に」
「やい外記、お前は見下げた奴だ。他の連中も、外記にこんな事を言わせるとは。たとえ将軍のお考えでも納得いかぬ」
 と、政宗は別室に引っ込んでしまった。

 外記は慌てて取り繕い夕方には貞宗に決まった。
 そんな打ち合わせの翌日に又しても伊達の意地を見せる場面が訪れる。

「毒見してから膳を出すのが良かろう」
 と若年寄の内藤外記(げき)の小役人まがいの諫言に政宗は自ら持参した膳をそのまま横に置いて激昂する。。

「わしが毒を持ったと申すのか」
「いえ、念の為でございます」
「黙れ。天下の副将軍である伊達政宗が上様の口にする料理に毒をもるわけがあるまい」

「いえ、きまりで」
「わしが目の前で裁いた物に怪しい物があれば申し開きはできはせぬ。その方はわしを愚弄するつもりか」

「滅相もない。ただ念の為でございます」
「御前に毒を盛るとするならば十年前のことだ」
 政宗は怒りに震えて秀忠を見る。
 
 蒼ざめた秀忠の相貌に後悔の色が浮び、外記は固唾を呑む。
「政宗殿、お主」
 外記は膝を一歩前に詰め寄る。

 場合によっては素手で取押える構えだ。
 政宗は顔を横に振り制止させる。
「その十年前ですら神にかけて、毒などで殺そうなどとは夢にも思わなかった」
 
 政宗が外記を独眼で睨むと、彼は一歩退った。
「ただ・・・」
 政宗はそう言葉を切り隻眼を秀忠に据えた。
「ただ一度、軍馬で乗り寄せてとは思ったものだ」
 どうだ、と言わんばかりの啖呵を政宗は吐き秀忠の相貌を伺う。           
 外記は怒りに声を震わせて、
「あの時、伊達を叩いておれば良かった」
 と秀忠も政宗を睨みつける。

 政宗は天を仰ぎ、静かな口調で諭すように語りだした。
「武士としてやるからには毒などとは情けない。軍勢を持って馳せ参じてこそ本懐でござろう」
 
 政宗は言葉が喉につかえて旨く語れない。
 流言に惑わされ成実と争った事、五郎八に泣かれた過去、江戸屋敷をまず捨てると愛姫や忠宗に伝えた事が交錯してゆく。

 この情けなく悔しい悲しみが去来し、一瞬我を忘れ眼窩を大きく見開いたまま微動だにしない。      
 秀忠は眼を伏せた。
 

 独眼龍の両眼が涙で濡れている。
「徳川泰平の世に、もはや争い無用じゃ。わしは、あの時から野心など捨てておりまする」
 
 政宗の両眼から白く光る一条の雫が頬をつたって落ちてゆく。
 外記は秀忠の表情を見て、ハッと坐りなおした。
 意外にも怒りを通り越して感動した面持ちなのだ。

「政宗殿らしい挨拶、某は感服仕(つかまつ)った。遅くなるから早く料理を持て。大御所も感動しておる」
 と見かねた立花宗茂が口を挟む。

 秀忠は政宗の相貌を見据えて、ゆっくり言葉を噛み締めながらこう取り繕った。
「さてさて、頼もしい挨拶じゃ」
 政宗の面目一如と言える話である。

 政宗
 
 曇りなき心の月を先立てて浮世の闇を照らしてぞ行く     
 
 辞世の和歌である。


参考資料
伊達家治記録(貞山公巻 元和元年から三年)
徳川実紀(台徳院(秀忠)殿御實紀)―元和元年から三年―
学研「歴史群像シリーズ 風雲 伊達政宗」

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