「咲々(ささ)と申します。どうぞ末永くよしなに」
咲々は正座のまま、そう言って微動だにしない。 政宗も困惑しながら正座して咲々と対面する。 既に祝言が終り深夜になり、政宗と咲々の初夜は一刻も過ぎているが何も変化がない。
「咲々、こんな草深い道のくの片田舎で不自由させるが、今ならまだ引き返せるぞ」
「いいえ 構いませぬ。あの都から離れる事が出来ますなら幸せでございます」
「何、京から離れられるのが幸せと申すのか」 咲々は小さく頷く。
「嘘いつわりを申さなくても良い。今日から夫婦(めおと)じゃ。京の都での必要な物は取り寄せるし、それだけの財力はある。不自由させるが伊達の妻として協力してほしい」
咲々は前に膝寄り、 「いいえ偽りではございませぬ。あの妖怪らが住み着く都よりも自然の美しさを歌う鳥や草花が百花繚乱する赤館(だて)の方が住み易いと申せます」
「都に妖怪とな?」
「はい妖怪が住んでおりまする」 政宗は笑う。
「さて妖怪とはどんな奴であろうか?。この草深き赤館で構わぬと言わせる妖怪。なかなか怖そうじゃのー」
「本当に恐ろしゅうございます」 咲々は頷く。
「どんな奴じゃ?。背丈はこんなに大きいのか?。それとも口が大きく牙が生えているのか?」
政宗は咲々のあまりにも幼い仕草に気をよくし兄のように振舞う。祝言の時は家臣以下、京都の名門善法寺の嫁として遠巻きで見ていたのが嘘のような氷解である。
「それは口に出すのも恐ろしゅうて憚(はばか)ります。もし口割れば殺されてしまいます」 「咲々わしが、そなたを命に変えてでも守る。案ずるな申してみよ」
咲々は不安そうな首を横に振る。
「もしや口からの出まかせか!。もし嘘ならこの政宗は許しておけぬ」 咲々は政宗の眼を見つめる。 長いまつ毛が15歳にして色っぽい。 「多言は無用にお願いしとうございます」 「相分かった。他人には言わぬ」 「本当でございますか?」 「あぁ本当じゃ」 「本当の本当でございますか?」 「本当の本当じゃ。政宗は嘘をつかぬ申しみよ」
「姉上でございます」 「何?、姉君か・・・」 「はい。咲々のする事なす事怒り、ひどい時はぶつのでございます。まさしく姉は妖怪の化身(けしん)に違いありませぬ!」
政宗は大いに笑った。
「もしわらわが嘘を申したら殿は許さぬとおっしゃいましたが、その時はどうするおつもりで?」 政宗は咲々の真剣な問いに困惑したが、
「何、言葉のアヤじゃ。気にするな。本当に嘘で政宗騙した場合はお仕置きする」 「どんなお仕置きを?」
咲々の問いに政宗は彼女を強く抱きしめる事で返答した。
「殿、痛い。お許しを」 「ならん。お主が嘘をつくは、心の中の姉の妖怪が暴れている時じゃ。この政宗が抱きしめて圧死させるのじゃ」
咲々は静かに目を閉じた。
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