記憶の中の妹は、俺を「お兄ちゃん」とは呼ばなかった。「兄さん」だった。 髪はブロンドではなく、茶色。 「ごめんな。俺、お前のお兄ちゃんじゃない」 彼女の表情が崩れてくる。雰囲気も、表情も、哀しみに包まれていた。 「何でそんな事言うの…? お兄ちゃん…」 「お兄ちゃんじゃない」 キッパリと言い切った俺の手を、スミレが軽く引っ張る。 スミレの「それ」は警告を表していた。
「酷い…」
彼女のその言葉と共に、天井からシャンデリアが降ってくる。 間一髪でかわした俺に、スミレが大声で呼びかけた。 「逃げるよ!」 「逃げてどうなる!? どうせ未だこの家からは出られない! スミレ、何とかできないのか!?」 「私は天使じゃない! 元悪魔≠セ!」 スミレに手を引っ張られ、一先ず逃げるが、それでも納得いかなかった。 「元の元を返せば、スミレ、お前天使だろう!? 祓い方くらい知ってたって…!」 「んなもんとうの昔に忘れましたよ!」 逃げても逃げても彼女は追ってくる。 いつまでも逃げてるわけにはいかなかった。というより逃げられなかった。 どんなに恐ろしい幽霊が住んでいようが、此処は「家の中」だ。 「げ…アラン…追い詰められた…」 走りきって逃げ込んだ先は窓一つ無い部屋。狭すぎる扉。 その部屋の中で彼女はまた、実体を現した。 「お兄ちゃん。お兄ちゃん」 手を差し出して、彼女はゆっくり、だけど確実に俺達の方へ近づいてくる。 一歩、一歩、また一歩…。 「違う! アランは貴女のお兄ちゃんじゃないっ!!」 スミレが必死で彼女を制しようとしていた。 彼女は一瞬、立ち止まってスミレを見る。 「この人のせい?」 「え…」 「お兄ちゃんが来れなかったの、この人のせい?」 スミレを見つめながら彼女は言う。 「違う」 俺は咄嗟にそう言った。だけど。彼女は構わず言葉を続ける。 「この人のせい。だから私、独りぼっち。あなた、いらない」 その時の彼女の顔は、哀しみと憎しみで溢れていた。
ガシャンっ
そして一斉に壁にかけられていた絵の額縁が外れ、ガラスの部分が浮く。 嫌な予感。 あのガラスを浴びたら、どうなるか想像したくない。 狙うのは…。 「スミレ……っっっ!!」 逃げるとか、避けるとか、そういう事を考える前に、体は動いてた。
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