「お兄ちゃん」
ただ、呆然としている俺を見て、彼女はもう一度言った。 「違う…アランは貴女のお兄さんじゃない…」 スミレが代わりに言うが、彼女はそれでも俺から目を離そうとしない。 「お兄ちゃん。だもん。だって、彼、妹がいるもん。それが私だよ」 俺は一瞬、その場に凍りついた。妻のスミレさえ知らない事を、彼女は…知っている。 「アラン…妹、居たの?」 スミレは俺にそう聞いた。 俺は黙って頷く。スミレの目を見ることが出来なかった。 兄妹がいる事を、実は一度も言ったことは無い。 でも別にワザと言わなかった訳ではなく、ただ、「言えなかった」。 「ごめん。実は兄さんもいて……だけど…2人とも死んでるからさ…多分」 森に入った後、はぐれた兄と妹に2度と出会うことは無かった。 そう……今まで。ずっと。 俺は、シルヴィア族という部族の数少ない生き残りだった。 シルヴィア族にはある特殊能力があった。 それは……「人の体を操る」能力。 俺達は一度もその能力を悪用したことなんて無かった。 だけど。 それが、人間が俺達を排除したいと思う大きな原因となった。 いつ力を悪用するか分からない。敵に回るはずがないとは言い切れない。 ようするに、「目障り」だったんだろう。 「アラン…大丈夫…?」 「お兄ちゃん」 スミレの声を掻き消すように、どんどん彼女の声は大きくなっていく。 「お兄ちゃん」 彼女が俺の妹…? なら如何してこんな所にいる…? 死んででもこの物質界に依存するような奴だっただろうか? 「お兄ちゃん。私だよ。貴方の妹だよ」 スミレが、握っている手の力を強くしたのを感じた。 少し汗ばんでいる。 スミレは今、何も言わず、ただじっとしていた。 『父親が過去に、感情に飲まれて良いと思ってるの!!?』 頭の中で、先ほどの言葉を繰り返す。 「お兄ちゃん!」 目を閉じて、自分の記憶の中へと入り込む。 心の奥に閉まった、血の繋がった家族の事を思い出す。 久しぶりに、記憶の中にある妹の顔を見た。 「違う」 思わず、声を出した。 「お兄ちゃん?」 「お前は俺の妹じゃない。妹は俺に似てガサツで、スカートなんてはいた事が無かった」
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