「スミレ…?」 「アラン、しっかりしなさいよっ。アンタ、会社の社長でしょ!? 会社、大きくするって言ってたじゃん! それに……あんた父親なんだからねっ!? 父親が過去に、感情に飲まれてて良いと思ってるのっ!!?」 体に、感覚が戻ってきた。 スミレに殴られた頬がヒリヒリと痛む。 未だ、スミレは俺の手を握ったままでいた。 「ごめん…俺…過去を見てた」 まだ、ボーっとする頭を、空いた片手で支えながら言った。 「「過去を見てた」?」 彼女がそう呟くのが聞こえた。 先程見たことをスミレに伝えなくては…。 俺は、彼女の表情を見ようと顔を上げた。 だけど、俺の目を奪ったのはスミレの表情では無かった。
誰かが…女が…居る。
この広間は吹き抜けになっていた。 階段を上ると、広間の壁沿いに廊下があり、この広間を見下ろせるようになっていた。 そして、その階段の中間地点に「彼女」は居た。 ブロンドの少しウェーブがかった美しい髪は腰まで伸びていた。 ふんわりとしたワンピースを着て、微笑みながらこちらを見ている。 年齢は…10代…前半くらいだろうか? 見た瞬間、俺は動きが止まった。 今まで何も見えない。何も感じなかったのに。ハッキリと分かったから。 彼女はこの世に生きているものでは無い…と。 彼女からは何も感じ取れなかった。…生きているオーラというものが。 「アラン…? どうした…?」 不審そうなスミレの視線を、頬に感じながら、それでも俺は動けなかった。 「彼女」は微笑んでいた。そう、俺を見つめながら。 そして、スミレが何かに気付いたように急に後ろを振り返る。 「貴女は…!」 警戒心を剥き出しにしたスミレを無視し、彼女はまだ微笑み続けている。 俺から、一時も目を離すことなく。 「お前は…一体…」 ようやく搾り出した自分の声。 だけど最後まで言えなくて、途中で止まってしまった。 彼女の美しさの背後にある、大きな哀しみが俺に伝わってきて。 その哀しみが、俺が感じた事のあるものと似ていて。 無性に恐ろしくなった。
「お兄ちゃん」
そんな彼女の口から発せられたのは、予想外の言葉だった―――……。
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