「来る…って一体何が…何でそんな急に…」 「急じゃない。言ったでしょ? この家は負の感情に支配されてるって」 「そーゆー意味だったのか? アレ」 この状況を嘘だと思えたらどんなに楽だろう。 だけど俺にも分かってた。後ろにある、外へ出る扉が開かなくなってる事くらい。 それもただの勘だったけど。 「おい…これか…………」 話し出そうとする俺を、あいている方の手で制するスミレ。 「誰か……来る」 彼女はそう言ったけれど、足音も何も聞こえない。 背中が寒い。 これが、彼女が言った「誰か」なのか。 それともただの隙間風? 俺の思い込みなだけなのか。 「アラン! 走るよ!」 小さい体の何処に、そんな力を隠していたのだろう。 彼女は俺を思いっきり引っ張って、走らせた。 俺には何も見えない。何も理解できない。 「スミレ。何がどーなってんだよ!」 「分からない! だけど! 追ってきてるの!」 何が俺たちを追っているのかは考えたく無かった。だって俺には見えなかったから。 「帰ったらあの不動産屋ぶっ殺してやる! こんな家紹介しやがって!」 「生きて帰れたら言って! そんなこと!」 長い長い廊下を全速力で走る。 何も見えない。だけど、時折背後に冷たいものを感じながら。 「取り合えず此処に!」 ようやく辿り着いた廊下の先にあった、部屋になんとか滑り込む。 相手は目に見ないものだから、それ程持ちこたえることができない事はお互い分かっていたけど。 「アラン、冷静に考えてみて。この家…部屋を見て、何か普通に考えておかしい所はないか…って」 少し息を整えて、スミレは言った。 「私じゃ、可能性が頭に浮かびすぎて、ハッキリ頭の中で整理できない…だから…」 返事の代わりに、彼女の手を握り返す。 心を落ち着けて、部屋を見渡した。 床には赤茶色の絨毯が敷いてある。奥にある暖炉の前には、すわり心地の良さそうな椅子。 小さな木製のテーブルの上には、飲みかけの酒だろうか? ビンが置いてある。 全体的に部屋は綺麗に整っている…。 この部屋の何が「おかしい」かって? 「おかしい。それは…」 横にいる彼女の視線を感じながら、考えてみる。 そう、この部屋の「普通では考えられない事」それは…。 それは…。
「変に綺麗すぎないか? この部屋。誰も長い間使っていなかったのに」
飲みかけの酒も、何色かがハッキリ分かるこの絨毯も。 妙に生活感を放っていた。 そう、外はあんなに廃墟のようだったのに。
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