「リオさんっ」 こちらへ向かってくる人影をよく見ると、今日来るはずだった不動産会社の担当者だった。 落ち着いていた心が、また動き出す。今度は怒りの方へと。 「お前なぁっ。こんな家紹介しやがって! こっちは大変な目に遭ったんだぞ!」 担当者は不思議なことに、驚いた顔はしなかった。 「すみません。そうですか…やはり…」 彼の顔に影がさす。 「やはり…ってどういうことだ? お前は知ってて俺達にこの家を紹介したのか?」 怒る俺をなだめようと、スミレが戻ってきた。 彼は、俺にもスミレにも構わず話を続ける。 「2人は…見ましたか? この家に居たものを」 俺達は此処で首を傾げた。 話が…考えてもいなかった方向へ進んでいる。 もしかして…。 「この家に居た「彼女」の事か? ブロンドでウェーブがかった髪の??」 「貴方達にはやはり、見えたんですね」 もしかして…こいつは知っている? 彼女の「過去」を。 「知っているのか? 彼女の事を」 「ええ。彼女は、社長の曽祖父の妹さんです」 「え…じゃあ、あんたのとこの社長の曽祖父が…彼女の兄さん?」 「はい。そうです。社長の曽祖父は彼女のお兄さんでした」 スミレの目の色が変わる。 「ねぇ。教えてくれる? 彼女のこと…」 彼は首を縦に振って、話し始めた。 「……………社長の曽祖父も昔、この家で彼女と暮らしていました。2人…兄妹はとても仲が良かったんです。しかし……その時は激しい戦争があった時代で…兄の方は、兵隊として海外に出向かなければならなくなったんです。妹が幼い頃に、両親は伝染病で亡くなり、残るのは妹1人だけ。そんな彼女に彼は約束したんです「必ず生きて戻ってくるから」…と。そして戦地で彼は何とか生き残ったものの、戦後の混乱で国に…妹のもとへ帰ることが出来ず…。その後、彼は現地で結婚し、子供をもうけました。それが社長の祖父にあたります。彼はずっと言っていたそうです。「国に戻りたい。妹を待たせたままでいる」。しかし、彼は妹のもとへと帰れないまま、若くして亡くなりました。この家を探し出したのは、彼の孫。社長の父です。既にこの家を見つけたときには、彼女は亡くなっていました。だけど、何かがおかしいんです。社長の父も、社長も、そういう事には敏感な方でした…いや、妹のもとへ帰れなかった彼の想いを受継いだからかもしれませんが…。だけど、2人には「何かがおかしい」ことは分かっても、「何がおかしい」のかまでは分かりませんでした」 担当者は此処で一度言葉を切り、申し訳なさそうに俺達を見た。 「本当に申し訳ございません。社長が、家を探しに来た貴方達を見るなり言うんです。「彼らなら見えるかもしれない」と」 俺とスミレは目を見合わせた。 きっとその社長が感じ取ったのは、スミレが発する人とは違うオーラだったのだろう。 そして、もう1つ。俺の、彼女をひきつけるであろう過去が持つ辛さ、哀しさ。その奥の記憶にある、幸せ。 「じゃあ…彼女はずっと、あんたんとこの社長の曽祖父を待っていたんだな?」 例え命が尽き果てようとも、誰かの中に兄の幻影さえ求めるくらい自分を見失っても。 それは全て……信じていたから。
「アランっ」 前の方で俺を呼ぶ声が聞こえる。 「どーした?」 「背中、大したことなくって良かったね」 帰りに寄った病院、背中に大量に突き刺さったガラスを見て、医者はかなり不審そうな顔をしてたっけ。 スミレはきっと気付いてないだろうけど…医者は夫婦喧嘩だと思ってくれたようだ。 ガラスが背中に大量に突き刺さる夫婦喧嘩ってどんなんだよ。って正直思ったけど。 「さっ。早く帰って晩御飯の仕度しないとっ。子供が待ってるー」 彼女は、オレンジ色に染まった道を走り出した。 そして俺はそんな彼女の背中を追いかけるように、足で地面を蹴った。
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