俺はスミレに助けを求めた。 せっかく彼女が俺達を信じる方に傾いてきているのに、答えを返さない訳にはいかなかった。 「…………………あなたの本当のお兄ちゃんは上の世界に居る。すぐに会えなくとも、時機が来たら必ず会える」 スミレは落ち着いた声で、そう言った。 「時機って何時なの? 私はもう十分待ったよ。もう待ちたくない」 彼女は、俺の脚を掴む手に力をこめた。 もう大分、俺の脚の感覚がなくなっている。 彼女を説得するには、兄の居場所を伝えなければならない。 だけど、どう足掻いたって兄の居場所を断言することは出来ない。 だって俺たちは彼女の「兄さん」を知らない。 それに嘘をつけば、また、状況が悪化してしまうから。 そのはずだった。 「大丈夫よ。あなたのお兄ちゃんは天国にいる」 スミレが発したその言葉に、俺は目を丸くした。 先程言った言葉と違い、スミレの声は力強かった。 そして、俺に「信じろ」と目で訴えてくる。 「ったく…分かったよ…」 俺は彼女の方へ視線を戻した。 「お前の兄さんは天国にいる。きっと上の世界で、兄さん、心配してるぞ。早く行ってやれよ」 優しく、言った。 彼女は俺の目を見つめる。 「もう苦しむな。独りで抱え込むなよ。大丈夫だから」 「天国、私、行けるかなぁ…?」 再び、彼女の瞳から涙が溢れる。 俺は静かに頷いて言った。 「今のお前なら、大丈夫だ」 安心したように、彼女は俺の脚から手を離した。 「ごめんなさいぃ…。怪我。痛いの、私のせぃ…っっ」 「大丈夫だから。大丈夫」 泣きじゃくる彼女に、「大丈夫」とだけ言って、スミレに後を任せた。 「何も心配することはないよ。ただ、空からおりている光の筋に入れば良いだけだから」 涙をぬぐいながら、光の筋の方へと向かう。 そんな彼女の後姿を、俺達2人は何も言わずにただ見守っていた。 ゆっくり一歩ずつ。だけど確実に。今度は光の方へと足を進めていく。 そして、彼女は光の中に消えた。 辺りは静けさに包まれ、本来あるべき姿に戻る。 不思議なくらいに俺の心は落ち着いていた。 「なぁ…スミレ? どうして…彼女の兄さんが天国に居るって…」 「アランも父親らしくなったね」 そう言ってスミレはただ微笑んで見せて、問いの答えを返そうとしなかった。
見回した部屋は先程と違い朽ちて、今にも崩れそうだった。 この状況下に置いても、先程までの出来事が夢だったのではないかと思うくらい、平穏な空気が流れている。 だけど、背中の傷跡と、彼女が脚を掴んだ赤い跡だけは残ったままだった。 そして…俺を守り続けてくれた、スミレの手の温もりも。
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