あなたの知らない場所。あなたのいない時。 嘘つきな青年と、可愛いらしい小悪魔の少女が出会いました。 2人の出会いは、少しずつお互いを変えていきます。 誰も知らない。そんな物語です・・・ 「ふぅ・・・」 今日の仕事を終え、青年は家路についていました。 (今日も辛かった・・・もう日が沈むな・・・) 石畳の少し騒がしい街を、青年はただひとりポツンと歩きます。 青年は陽が落ちるのを見て、明日のことを考えました。 今日のこと、明日のこと、明後日のこと・・・ 頭が痛くなったので、青年は考えるのをやめました。 街並みをボーっと眺めながら青年は歩きます。 古い街並み。古い時計屋。古臭い看板。 そして街路樹で首を吊ろうとしている少女。そんないつもと変わらな――― (!?) 青年は考える間もなく、その少女を突き飛ばしました。 「きゃぁっ!?」 少し強すぎたらしく、少女はゴロゴロと数回転がった後、ゆっくりと立ち上がって、 「いたたたたた・・・」と、割と大丈夫そうな声を出しました。それから暫くして、やっと少女は自分を突き飛ばしたそのままの格好でこっちを見ている青年の姿に気づいたらしく、何故か驚いた表情で、「あの・・・私のこと・・・見える?」とおずおずと青年に尋ねました。 「え?何を言ってるんだ?君」 「あ、見えるんだぁ!」 どうやら青年が自分の姿を見える、ということに喜んでいるようです。それからおもむろに「ちょっとどいて」と、青年を押しのけ、さっき乗っていった台を立て直し、縄の輪の中に首を――― 「やめ―――」 ミシミシという木の枝の軋む音、その直後に青年はポケットにあったナイフで縄を切りました。力なくドサッ!と地面に叩きつけられた少女に、青年は慌てて声をかけます。 「おい!大丈夫か!?」 「う〜ん・・・駄目かぁ・・・」 「・・・へ?」 少女は平気ですくっと立ち上がり、そしてはっとした表情を浮かべて、「こっちに来て」と青年の手を引きました。 「ちょ、ちょっと・・・」 よく見ればいつの間にか2人の周りには人だかりができていました。そこから逃げるように少女は青年の手を引いていきます。折角ここまで来たので、「僕の家があるから」と、今度は青年が少女の手を引きました。石畳の街の、レンガで出来た建物の入り組んだ路地裏の奥に、青年の家はあります。 「ここ・・・?」 「大丈夫、見た目ほど中は悪くないさ」 そういえばこの家に他人を呼んだことは滅多にないな、と青年は思いました。 扉は、ギィィィィィ・・・と、お化け屋敷さながらの音をたてて開きました。 「うっわぁ・・・埃まみれじゃないの・・・」 「悪かったね」 青年は肩を竦めながらも、明かりをつけるため、いくつかのランプに火をつけました。 「へぇ〜」 確かに埃まみれではありますが、それなりに整理されている部屋を、少女は物珍しそうに眺めています。その間に青年はコーヒーを入れました。 コトン。 温かい湯気を立ち上らせながら、2つのマグカップが、小さなテーブルに置かれました。 「ミルクもらってもいい?」 「ああ、どうぞ」 普段はどうとも思っていませんでしたが、少女の白い手が持つと、欠けてしまったマグカップはとても古く見えました。 (明日、新しいのを買いに行こう)青年はそう決めました。 同じくらい古いスプーンでコーヒーをかき混ぜている少女に、青年は訊きました。 「君、名前は?」 「私?私はララ。あなたは?」 「僕はガイアード。でも長いから大抵の人はガイって呼んでるよ」 ララ「ふ〜ん・・・」 ガイ「ところでさっきはあんなところで何をしていたんだい?」 ララ「死ねるかどうか、試してたの・・・」 ガイ「・・・なんでまたそんなことを?」 ララ「ガイは私のこと見えるんでしょ?」 ガイ「勿論だけど・・・」 ララ「じゃああなたも悪魔か何か?」 ガイ「?」 ララ「ああ、私は一応悪魔なの・・・」 ガイ「ふ〜ん・・・」 ガイは言葉の通り(ふ〜ん・・・)と思いながら、コーヒーを飲みました。 ララ「悪魔だぁ〜」 ガイ「(コーヒー飲んでる)」 ララ「悪魔!」 ガイ「ふぁ〜あ・・・(眠そう)」 ララ「悪魔・・・です・・・」 ガイ「ん?どうしたの?(ことごとく無視)」 ララ「驚かないの?」 ガイ「まぁね」 ララ「もしかして信じてないとか・・・」 ガイは笑って、「そんなことはないよ」と言いました。 ガイ「でも随分と可愛らしい悪魔さんもいるもんだなぁ、って」 ララ「えっ!?」 琥珀色の澄んだ瞳、長い赤毛の髪。真っ白なワンピースを着た、華奢で小さな女の子に、「私は悪魔です」と言われても信じられません。しかし彼女は人間ではない、と、ガイは確信していました。第一に、普通の人間があんな風に首を吊ったりすれば、首にある重要な神経が千切れ、死んでしまうのです。そうでなくても、こんな風に元気ではいられません。ガイはそういうことにとても詳しい青年でした。 そしてさっきの台詞にまだ頬を赤らめているララに、もう少し色々訊こうと思いました。 ガイ「君、歳は?」 ララ「16だよ」 ガイ「嘘だろ?僕と変わらないじゃないか・・・」 ガイがそう言うと、いわゆるふくれっつらで、「嘘じゃないもん。私が死んだときは14歳。それから2年で16歳だもん」と言いました。 ガイ「君が死んでから?」 ララ「うん・・・」 いかにも憂鬱と言いたげに、ララは大きなため息をつきました。 ララ「私・・・殺されたの」 ガイは一瞬ドキリとしました。 ララ「とっても怖かった・・・いきなり黒ずくめの男の人たちが入ってきて、それで、私・・・ナイフで刺されて・・・」 そこまで言ってララは身震いしました。 ララ「全部真っ白になって・・・それから・・・神様の声が聞こえて・・・」 ガイ「神様の声?」 ララ「『君がもう一度生まれ変わりたいなら、悪魔となって、生きている人間を一人殺すのだ』って」 そう言うや否や、ララは立ち上がり、右手を高く突き上げました。 空間が歪み、ガイは咄嗟にナイフの入っているポケットに手を入れました。 一瞬、青い光が部屋中を包み、ララは掲げた右手に短剣を持っていました。 ララ「これで信じてくれるかな?」 ガイは何も言わずに頷きます。 小さいけど、禍々しい、黒い刃。ガイはポケットのナイフを強く握り締めました。そんな様子を見たララが、「そんなに怖い顔をしないで、ね?」と短剣を握っていた手を開きました。短剣は落ちる間もなく、溶けるように消えてしまいました。 ガイ「それで・・・君は僕を殺すのかい?」 ララ「え!?そ、そんなことしないよ・・・」 ガイ「そう・・・」 ガイは「ふぅ」と安堵のため息をつくと同時に、少し残念に思いました。 ガイ「それができたら2年間も悪魔をやってないよな・・・」 ララ「うん・・・」 それきり俯いてしまったララに、ガイは優しく声をかけます。 ガイ「どうする?今日は家に泊まっていくのかい?」 ララ「え、いいの?」 ガイ「まぁね」 ララ「え、あ・・・ありがとう」 顔をパァッとほころばせるララ。本当に16歳(14歳というべきなのだろうか?)なのか疑いたくなるほど、幼くて、無邪気で、笑顔が似合う子です。
ジリリリリリ・・・ジリリリリリ・・・ ララ「電話?」 ガイ「ああ、ちょっと出てくる」 ジリリリリリ・・・ガチャッ ガイ「もしもし」 「ああ、ウルフか?」 ガイ「・・・仕事か?」 「ああ」 ガイ「今から?」 「ああ、そうだ」 ガイ「・・・分かった・・・すぐ行く」 ガチャッ・・・ ララ「どうしたの?」 ガイ「いや・・・ちょっと、荷物を取りにいくんだ」 ガイは少し辛かったのですが、嘘をつきました。自分らしくない、と表情に出さず少し笑います。 ガイ「ちょっと時間がかかるから、先に寝てていいよ」 ララ「ねぇ・・・ガイ・・・?」 ガイ「なんだい?」 ララ「・・・親はどこ・・・?」 一瞬ガイは目を伏せ「・・・どこだろうね」と、少し無理な笑顔を浮かべました。 ガイに親はいませんでした。それを察したララは慌てて「ごめんなさい・・・」と謝りました。 ガイ「いや、いいんだ」 ガイはにっこりと笑い、ララの頭をクシャクシャと撫でました。くすぐったそうに笑うララに「じゃあ行ってくるよ」と言い、ガイは家を出て行きました。
(ターゲットはこいつか・・・) 真っ黒な服を着たガイは、同じぐらい真っ暗な部屋の中に立っていました。 そしてその目の前には恰幅のいい男性が、ガーガーといびきを掻きながら寝ています。 ガイはポケットの中からナイフを取り出しました。そして一瞬の躊躇いもせず・・・ グサッ! のどを刺された男は、あっという間に死んでしまいました。 少し跳ねた生温かい血が、ガイの顔に紅い罪の証を残します。 ガイアードは殺し屋だったのです―――!!
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