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青年と少女と黒猫と幽霊と 作者:H2

第3回   3
今から3ヶ月ぐらい前かな?僕が名前を捨てたのは。理由は簡単。必要じゃなくなったから。僕はより人間から離れるために、名前を捨てた。

「お〜い、明〜!」
「遅いよ」
「ごめんごめん。弁当作るの手間取って」
「相変わらず大変だね」
「まぁな、それより急がないと遅刻するぜ」
「それは竜君のせいでしょう・・・」
「まぁまぁ、堅いこと言ってないで急ごうぜ!」
「はいはい」
僕には幼馴染がいた。海野 竜太(かいの りゅうた)。幼稚園に入る前から近所の公園で顔を合わせてた僕の親友だ。元々僕はあまり積極的な性格じゃないから、その後幼稚園、小学校と年を重ねても、あまり友達はできなかった。でも僕が決して一人だったわけじゃない。僕はいつも竜君と一緒だった。それで満足だった。十分だった。ただ・・・
「ふぅふぅ・・・待ってくれ〜!」
「おいおい・・・まだ2周目だよ?」
「んなこと言ったって・・・明が早すぎなんだよ・・・」
「いいや、竜君が遅い」
「う・・・まぁそうなんだけどさぁ・・・」
「とりあえず後3周頑張ろう」
「ひえぇ〜・・・」
竜君は周りに比べて運動神経は劣ってた。運動神経だけじゃなくて、学力も高いとはいえなかったんだ。でも竜君は優しかったし、料理とか、裁縫とかは学校の先生と肩を並べるほどの実力だった。それでよかったんだ・・・
少なくても小学校の間までは、僕たちは至って普通の生活を過ごしてたんだ。

やがて中学校に入学した。僕も竜太も同じ3組だった。入学暫くしてから、僕たちは始めての定期テスト・・・自分たちの学力を計るテストをしたんだ。僕は平均点を軽く上回ってた。でも・・・
「平均33か・・・」
「少し悪いな・・・」
少しじゃなかった。1年生の1学期初めの定期テストなんて、普通は簡単に点数が取れる筈だ。それに竜君は体育の方の成績もよくなかった。僕たちの間では些細なことだったし、今までもずっとそうだっから、大した問題じゃない。でも周りは違う。中学校とかの人間の関係なんて、スポーツができるとか、頭がいいとか、可愛い、格好いい。そんなことばっかりが見られて、そういうことができるやつが、できないやつを見下すような関係が自然と生まれてきていた。その中で、いつしか竜君は虐めの的になっていた。
「おっと、悪い悪い」
バサッ・・・
男子生徒の一人が、わざと肩を竜君にぶつける。その反動で手に持っていた教科書をが落としてしまった。更にわざとらしく走ってきた他の奴が、それをわざわざ踏みつけて行く。
「・・・!」
「・・・悪い悪い」
そうしてその場を遠ざかろうとするそいつを僕が引きとめた。
「竜君の教科書・・・拾いなよ」
我慢できずにそういうと、
「ああ・・・えっと、俺急いでるから」
逃げた・・・僕は自然と呟いていた。
「いいよ、竜君」
「・・・」
「気にしなきゃ平気だ」
「・・・そう・・・だね」
竜君はそれでも明るく振舞った。周りの奴らは「海野って自分が虐められてんの知らねぇんじゃねえの?」とか勝手なことばっかり言ってたけど、勿論そんなこと無かった。正直、見ている僕の方が辛い気がして目を伏せてたのも事実だ。
虐めは日に日にエスカレートしていった。椅子に画鋲が置いてあったり、美術の作品に水を掛けられたり、酷いときには弁当が机の上に撒いてたり・・・
そうしてやっと2年生の終わり頃までやってきた時、ついに僕の方がキレた。
「おい海野、お前のとこ父子家庭なんだってな」
「・・・それが?」
「お前この弁当自分で作ってるんだろ?」
「そうだけど」
「ふーん・・・じゃあやっぱり料理とか上手なわけ?」
「少なくても君よりはね」
僕はここで口を挟んだんだ。それが間違いだった。それが問題だった。明らかに機嫌を
損ねたそいつが「へぇ・・・じゃあ今から料理をつくってくれよ」と、眉を吊り上げながら言った。
「え―――」
「ほら!」
グシャ!
「あ・・・」
逆さまになった竜君弁当から、中身が無残に零れ落ちる。それは、父子家庭の家族の一員として、毎日自分で作っている弁当だった。
「ほら、これで弁当作り直せよ。お前料理得意だからできるんだろ?」
「ふざけるなっ!!!」
バン!!
そいつの襟元を掴んで壁に叩きつける。けど、僕自身もあまり身体が大きいわけじゃなかったから、大して動じもせず、そいつはニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべているだけ。
「残念だよなぁ・・・」
「何がだっ!」
「明・・・」
心配そうに僕のことを見ている竜君を見て、そいつはニヤリと笑った。
「お前は成績優秀だし、スポーツもできるし・・・なんでそんな薄汚い野郎の友達なんかやってんだよ」
「なっ・・・!」
「そんな奴見捨てちまってよぉ・・・俺たちと楽しくやろうぜ?その方が絶対お前の―――」「ふざけるな!」
殴りかかっていた。でもその一撃は軽く受け止められる。代わりに僕の腹に強烈な一撃が入った。
「調子のんなよ!?」
「くふっ!」
「明!!」
その場にうずくまる僕。そこに駆け寄る明。僕たちを見下してそいつはこう言った。
「馬鹿な奴・・・海野!お前のせいだぞ!」
「・・・」
「お前なんかがいるからこいつが苦労するんだからな」
「・・・」
教室の皆の、冷ややかな視線だけが、僕たちに与えられたものだった。

その日の下校時、僕たちは小さい頃よく遊んだ公園へと足を運んだ。ただなんとなく、そこに行きたかった。
「明・・・俺・・・」
「いいんだ、全然気にする必要ない」
「でも・・・俺のせいで・・・!」
「言うな!・・・そんなこと言ったら・・・」
「・・・明。俺、明日から学校行くのやめる。そうすれば―――」「黙れ!!」
静かな公園に僕の怒鳴り声だけが響く。
「お前・・・自分が何言ってるのか―――」「分かってるよ、十分すぎるぐらい分かってる」
「じゃあ・・・なんで・・・なんでそんなこと・・・」
「もう・・・明が傷つくのは見てられない・・・」
「!」
竜君は自分が辛いだなんて一言も言わない。僕が苦しむのが嫌だとそう言った。
「明は優しすぎるから」
違う・・・優しすぎるのは竜君の方だ・・・
「人をかばって自分を傷つけちまう」
「でも!!」
「だから・・・じゃあな」
「おい!」
走り行く背中。僕は暫くその場で呆然としていた。追いかけてもよかった。でも・・・竜君は優しすぎるから、追いかけても無駄なことも知っていた。

その日から、竜君は学校に来なくなった。
(・・・馬鹿・・・)
僕は竜君を恨んだ。僕にそんな権利はないにしても、僕は恨んだ。
(竜君がいなくなったら・・・僕は一人じゃないか)
その日から、虐めの的は僕になった。僕は耐えた。3年生になっていた。あと少し、あと少しと、自分に言い聞かせた。弁当を撒かれるとか、画鋲が椅子の上にあるとかぐらいはもう自分で対処できるようになっていた。先生は当てにならない。親もそうだ。降りかかる火の粉は自分で払い続けた。でも・・・竜君は学校へは来なかった。勿論家にも行った。でも「誰とも話したくない」と、会うのは断られた。結局はそれが一番辛かったんだ。僕はいつからか他の生徒たちを恨むようになってた。それでもぎりぎり我慢してた。認めたくないけど、竜君が僕のために学校に来なくなってたんだったら、それが報いることだと思ってたんだ。卒業間近だった。勉強は人の数倍はした。いざとなったら僕以外は入れないくらいレベルの高校に行って、全てを忘れるつもりだった。そして12月。卒業まであと3ヶ月まで来て、僕は問題を起こした。

「おい、佐々木」
「・・・」
男子生徒が一人僕のところにやってきた。あの日竜君にわざとぶつかった―――竜君を虐め始めたそいつだった。そいつは何を言うことも無く、僕を椅子ごと蹴飛ばした。
「っ!!」
ガターン!!
ハハハハハハ、と、男女問わずクラスの皆の笑い声が響く。もう慣れたことだった。立ち上がって埃を払う。
「お前最近猛勉強してるらしいなぁ。俺たちから逃げるためか?え?」
「・・・別に君たちには関係ないことだろう」
「調子のんなガリ勉!」とどこかから馬鹿馬鹿しい声が聞こえてきたが、こういうのは無視するのに限る。
「ふーん・・・関係ないねぇ・・・でも、あのゴミ虫野郎はそうはいかないんじゃないか?違うか?」
ゴミ虫野郎。それが竜君のことを指しているだとすぐに気づいた。平静を装っていた筈の僕の表情が歪む。
「お前がいい高校行っても結果としては海野はどうだ?大体あの不登校が高校に行けるのか不思議だぜ?」
「黙れ・・・」
「お?親友ゴミ虫君のことは言っちゃいけなかったかな?」
ハハハハとまた嘲笑が起こる。もう無視はできなかった。
「竜君のことを悪く言うなッ!!」
「ハハハ!竜君!竜君だってさ!そんな奴は知らねえなあ・・・なぁ?」
「誰それー?変態君のことぉ?」「ハハハ、ゴミ虫だろ?ゴミ虫!!」
「黙れ!お前たちに何が分かる!!」
「ゴミ虫の考えてることなんてわかんねぇよ!!」
「ぐふっ・・・」
腹部の痛みに腹を押さえつつも僕は叫んだ。
「竜君がお前たちにどんなに苦しめられたか、お前たちは知ってるのか!?あれだけお前たちに苦しめられても、頑張って学校に来てたんだ!それを・・・それを・・・!!」
「そんなのは知らねぇなぁ・・・だって俺たち、学校のゴミを掃除してただけだぜ?いや、ゴミじゃなくて、有害物質かな?ハハハハハ!!」
どっと笑いが起こった。同時に僕の理性もとんだ。
「ふざけるなぁ!!!」
足元にあった椅子を片手で掴んで、思い切りそれでそいつを殴りつけた。突然のことに反応できずそれをもろにくらったそいつは、頭から血を流した。それだけじゃ足りない。僕はひたすら暴れ続け、その後はよく覚えていない。確か5人以上は怪我をさせた。その日から僕は学校1の問題児だ。母さんも僕が問題児になってしまったと泣いた。でも僕のためじゃない。問題児を持った自分のために泣いていた。もう何もかもが狂ってしまった。そんな時に、竜君から電話があった。家に来て欲しいと言われて、すぐにとんで行った。そこには・・・
「よぉ明・・・」
「竜君・・・」
あまりにもやせ細った竜君に、僕は愕然とした。どうして、どうしてこんなことに・・・!!
「明・・・学校の話・・・聞いたぜ」
「・・・ごめん、竜君。僕―――」
「いや、いいんだ」
弱々しい笑みを浮かべる竜君。
「もともと俺のせいだ」
「そんなことない!」
「いや、俺がいなかったら明があんなことすることもなかったんだ・・・」
「・・・でも―――」「だから責任を取ろうと思う」
「責任って・・・」
竜君は自分の机の引き出しから何かをとりだした。銀色に光を反射するそれ・・・
「竜君、まさか!」
僕は止めようとした、けどもう遅かった。手首からドクドクと流れ落ちる鮮血。竜君は笑っていた。
「これでいいんだ・・・」
「よくない!こんなことして何になるんだ!!」
竜君の肩を揺すりながら問いかける。
「明・・・俺、お前にもの凄く感謝してるんだ・・・だから・・・これで迷惑掛けるのは最期にするつもりなだ」
「竜君が死ぬのが一番迷惑だよ!」
半ば泣き出しそうになっている僕を見て、竜君はふっと笑った。
「確かに明は俺によくしてくれた。正直、明がいなかったらこれだけ耐えるのなんて不可能だったと思う。だけどよ・・・だけど・・・結局どうすることもできなかった。別に明が悪いわけじゃない。だけど・・・俺は明に『偽善者』になってほしくないんだ・・・」
「偽善者・・・」
『偽善者』・・・僕は偽善者なのか・・・?一瞬世界の全てが暗転した。
「・・・っ!そんなことより救急車を!」
僕は部屋を出て、電話を探そうとした。部屋のドアを開けようとしたとき・・・バタッ!という音がした。背筋に凄まじい寒気を覚えた。振り返りたくない。でも・・・でも・・・!
「竜君!!!」
「はは・・・明・・・」
「竜君!竜君!!」
胸に紅い花を咲かせた竜君がいた。その場に倒れた竜君がいた。
「明・・・これでさよならだ・・・」
「なんで・・・どうしてなんだ!?」
「明・・・俺みたいになるなよ・・・」
竜君の目の焦点は既に合っておらず、竜君に僕の声は届いてないようだった。
「ゴホッ・・・明・・・」
血を吐きながら何かを必死に伝えようとする竜君。僕は泣きながらそれを聞いた。
「明・・・俺みたいになるな・・・だってよ・・・死ぬのって・・・」

『死ぬのは怖いし、苦しいし・・・それにやっぱりイヤだ・・・』

「死にたく・・・ないな・・・」
「竜君?・・・嘘だ・・・竜君!!!」
何度呼んでも、もう竜君何も言わなかった。僕は結果として偽善者だった。結局竜君を助けてやれなかった。その結果がこれ。もう何もかもが終わってしまった気がして、僕はその場に崩れた。

その後葬式があった。葬式にはクラスメイトのくぐもった声が響いた。ただしそれは、涙を流すためではなく、笑いを必死にこらえるためのもの・・・
気づけば受験もあった。僕は過去の問題を成績でカバーして、最難関の私学の高校に入学した。勿論同じ学校からの入学者はいなかった。周りの親族は「よく立ち直った。凄い」などと賞賛してくれた。両親も僕のことをまた「普通の子」として見るようになった。でも僕はあの日から『偽善者』だ。自分では何もできない・・・偽善者・・・

3月28日。僕は母親に連れられて高級料理店に来ていた。入学祝いだったらしい。適当に品物を頼んで、その料理が来るまでの間、僕は必死に考えていた。どうも朝から落ち着かない。何かが足りない。竜君がいないあの日から常に僕の心は欠けていたけど、どうしても何かが足りない。僕は「トイレに行ってくる」と言って、その料理店があったビルの屋上に行った。夕焼けと夜の闇が混ざった、淡い紫の空が広がっていた。
「・・・」
慌しい街。せわしなく動き続ける人々。どうして神は人に『感情』なんてものを与えたんだろうと思った。そして気がつく。3月28日。今日は竜君の誕生日だ・・・
竜君が生きていれば、今日は竜君の家で誕生日パーティをしていたんだ。だから今日一日何か違和感を感じていた。謎が解けた途端、目尻に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。竜君が少しずつ頭から消えていくその早さと、自分が偽善者であることを見せ付けられた気がして、悲しくて、気づいたら泣いていた。
僕はどうしたらいいんだろう?僕は偽善者なのか?僕は・・・僕は・・・
身体は無意識のうちにフェンスを登ろうとしていた。有刺鉄線が手に刺さる痛みも大して気にならない。そして僕は、少し身体を傾ければ遥か地面に自分の身体を叩きつけられるところまで来た。
「これで・・・いいのか?」
誰に宛てるわけでもなく訊いた。あれだけ散々竜君を励まして、耐えろ耐えろと言っていたのに、その僕がこれでいいのかどうか。でも僕は・・・所詮・・・

『偽善者』

ヒュッと、耳元を掠める風の音。ぐんぐん近づいてくるアスファルト。その時見えた逆さまの世界。途中で、レストランの窓際の席に座っている母さんが見えた。そして音も無く、行き交う車も、何もかもがとまって世界の中で、風の音に混じって、声が聞こえた。

『明・・・俺みたいになるな・・・だってよ・・・死ぬのって・・・死ぬのって怖いし、苦しいし・・・それにやっぱりイヤだ』

その声が狂っていた僕の心を一瞬で正常にした。その瞬間、目の前にあるアスファルトが僕の生死の境目であることに気づいた。でももう遅い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

そして僕の意識は永遠に戻らない・・・筈だった。意識を失ってから暫くした後、僕は目を覚ました。
(生きてる・・・?)
気づけば雨が降っていた。でも冷たくない。たくさんの人が僕の方を見ている。よく見れば足元が赤く染まっていた。でも誰も僕に気づかない。気づけば僕は、誰からも忘れ去られた存在になってしまっていた・・・

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Novel Editor by BS CGI Rental
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