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―Reg― 作者:電気狼

最終回   気の狂いそうな平凡な日常



 レーダーを広域モードに切り替え敵影を追ってみるも、敵はどんどん索敵範囲から外れてゆき、やがて戦線を離脱してしまった。
 どうにも解せない行動だが、先の砲撃で敵が負傷していたと仮定すれば納得できない行動でもない。
 レグは十分に敵を追跡してからレーダーを標準モードへと戻した。広域モードは広い範囲の索敵が可能だが詳細性に欠けるため長時間の使用は危険なのだ。
  
『あまり楽観視できる状況ではないが、どうやら敵は戦線を離脱したらしい』
「なに? 逃げたの? ラッキ〜」

 リトがパチンと指を鳴らそうとして失敗したのを見て、レグはなんとも言えない”感情”を抱いた。
 ワーカーホリック、WH−L2003の頭脳には僅かではあるが生体部品も使われており成長もする。結果、人間と同じように喜怒哀楽の感情も備えることが可能だという話なのだが、どうもこの機能の成長は恐ろしく遅いらしく、しかも安定性に欠けているようで、製造から100年以上たった今でもレグは漠然とした感情しか掴むことが出来ないでいた。
 この感情はなんだろう。常に整理整頓されているメモリーフォルダを片っ端から検索してみるも、結局判然としなかった。機械とはいえレグも万能ではない。
 いや、機械だからこそ万能のはずがないのだ。
 なぜなら機械とは人が万能たらんとし、人の足りない部分を補うために生み出されたもの。人が満ち足りている部分は丸々欠損しているのが普通だ。
 リトがリュックから水筒とレーションを取り出して食べ始めた。
 今のうちに体力の回復に努めるのは良い判断だ。
 そうして諸々の思考に没頭しているようでも、レグの索敵は24時間休むことなく続けられている。半永久的な活動を目的に作られているワーカーホリック(仕事依存症)の名は伊達ではない。
 だが、
 ふいに脳内のレーダーに走った僅かな乱れにすぐに気づいたものの、その原因には思い至らなかった。”最終生産試作機”であるWH−L2003にはほぼ完璧な電子対策がほどこされている。いかなるECMもレグの脳内をかき乱すことは不可能なはずで、だとすれば電波の類ではなくなにか物理的な……

―――パンッ!!

 レグの目の前で、いままさにスプーンですくったレーションを口に運ぼうとしていたリトの頭部が内側から破裂したように四散した。少しおくれてズッドーン……と遠くから銃声が聞こえてきた。
 飛び散ったリトの体液がレグの身体にも降りかかり、モスグリーンの身体を明るい色に染め上げる。
 馬鹿な! レグはまたも湧き上がってきた良くわからない感情の波に翻弄されながらも状況を事細かに分析する。レーダーに映らない敵からの攻撃。索敵範囲外へ離脱した敵影。敵の最初の攻撃はリトに対する狙撃。

『……なるほど』

 つまり、敵はレグがレーダーで追っていることを十分に自覚した上で一度戦線を離脱して、レグがレーダーを広域モードから通常モードへと戻すころあいを見計らって舞い戻り、射程ぎりぎりからリトを狙撃したわけだ。
 ようやく冷静になってきた精神状態でレグはリトの亡骸を見下ろした。
 頭部が完全に破壊されている。”人間ならば”完全死といったところか。
 首を失ったリトの身体から噴き出す”ミルクのような白い血液”がなくなったころ、こちらに近づいてくる機影をレグは感知した。
 
『今度は私の勝利だな、レッドフラッグ』

 近づいてきた影はレグと瓜二つの外見を持っていた。まるで鏡に映したように酷似した二体の違いはといえば、背中の超々距離用ライフルと右肩に描かれたペイントくらいか。
 レグは自分と同じ姿の相手の右肩に描かれた”青い旗”を見ながら応えた。

『そうだなブルーフラッグ。してやられたというところか……』

 ブルーフラッグの隣には赤毛の少女が立っていた。レグもよく知っている外見をしたその少女はまだそばかすの残る顔いっぱいでニコニコ笑いながら手を振っている。足元に転がっている首のないリトが蘇ったような錯覚に陥る、そこにいるのはまたしても瓜二つなリトの姿だった。
 
『ミッションコンプリート』

 ブルーフラッグがそう宣言したと同時に、隣に立つリトと同じ顔を持つ者の顔からすべての感情が消えうせ、瞳からも光が失せた。シミュレーションの終了と共にリトの”ヒト・プログラム”もまたOFFとなったのだ。
 リトは人間ではない。精巧に作られた「リトラック」と呼ばれる生体アンドロイドである。
 兵士との随伴が必要不可欠であるワーカーホリックのシミュレーションにおいて、この手の擬似的な”人間”はどうしてもいなくてはならない。ワーカーホリックは兵士を守るためだけに存在しているがゆえに、守るべき対象がいなければ数ある武装も宝の持ち腐れ、使用することすらできないのだ。 
 戦歴250年。永遠に続くかと思われた『終わりなき最終戦争』が自然消滅的に”終結”し、この実験場が人間たちに放棄されてからも、レグとブルーフラッグはプログラムどおりにこの擬似戦闘を続けてきた。生産工場から自動的に出荷されるリトラックを伴い何度も何度も。
 最終生産試作機WH−L2003は製造されてから100年以上、戦歴352年の現在に至るまで、昼夜を問わずに愚直にもシミュレーションデータを蓄積してきたのである。
 そのデータ数、およそ12000。
 つまり、それと同じ数だけ”リト”が死んだことになる。

『レッドフラッグ? どうした、データを並列化するぞ』

 機械らしからぬ物思いに沈んでいたレグは、こころもちハッとしてブルーフラッグに顔を向けた。
 貴重なデータをやり取りするためにブルーフラッグが首元から引っ張り出したコードを、レグは自分のコネクタに差し込んだ。
 気のせいかブルーフラッグはひどく嬉しそうに見える。どうやら<喜>の感情に関してはレグよりも成長が進んでいるらしい。
 こればかりはいかに同型機とはいえ個体差が生じるようだ。
 
『フフ、やはり発想の転換だよレッドフラッグ。今日の勝利は特別な意味を持つかもしれない』
『俺がお前と同型機であったがゆえに可能だった作戦だ。むしろ反則に近い』
『なにをいう。索敵モード変更による死角は旧タイプのワーカーホリックにも存在する。十分に応用が利く作戦だ』

 声にして作戦に対する問題点を話し合い始めたのはいつのころからだったろうか。製作されたてのころは黙々とプログラムをこなしていたはずだったのに。少しは能が成長しているということだろうか。
 当初はわずか数十分で片が付いた摸擬戦も、蓄積されたデータのおかげで、いまでは一週間以上決着が付かないこともままある。それはつまりいろいろと考えるための時間が出来たことを意味していた。
 良きにしろ悪きにしろ、”考える”という行為は能を活性化させ成長を促すのに効果的らしい。
 
『では、そろそろガレージへ帰投することとしよう。我々には補給が必要だ』

 並列化を終えたブルーフラッグがコードを外し、先に立って歩き始める。そのあとを人形めいた足取りでリトラックがついてゆく。
 レグは首を失い座り込んでいる足元の”リト”に命令を下した。

『上位機種として命じる。頸部組織閉鎖の後、立て』

 いまだに首元からだらだらと流れ出していた体内循環液がぴたりと止まり、首のないリトはふらふらしながら立ち上がった。このタイプのリトラックは腹部にサブコンを持っているため、頭部がなくても動くことは可能だ。
 
(―――あたしが倒れたらアンタがおぶってってくれるわけ?)

 レグのメモリーフォルダから勝手にそんな音声が再生され、レグは頭痛めいたものを感じてうめいた。なんだ、いまのは? 頭痛? 痛みなど感じるはずのない俺が頭痛だって?

『そのリトラックは投棄してゆかないのか? 修理するよりも新しいものを使った方がより正確なデータが』
『そんなことはしない!』

 ブルーフラッグの言葉にレグは”かっ”となった。まるで人間のように。

『……どうしたレッドフラッグ。やはり少しおかしいぞ。帰投後メンテナンスを受けろ。プログラムになにか重大な損傷が生じている可能性を示唆する』

 ブルーフラッグの声は聞こえていたがレグは応えなかった。その代わりに別の質問を発した。

『なあブルーフラッグ。ワーカーホリックの使命とはなにか教えてくれ』
『何故そんなことを訊く? お前のメモリーにも入っているだろうに。……ワーカーホリックは人間の兵士を補助するために存在する。兵士の盾となり銃となり戦友となって共に戦う存在、それがワーカーホリックだ』
『では、守るべき人間はどこにいる?』
『これは戦闘シミュレーションだ。人間は必要ない。このデータは後々の戦場で人のために生かされることになる』
『戦争はすでに終わってる。ここ100年あまり人間の姿など見たことがない。こんなデータがなんの役に立つというのだ』
『…………』

 ブルーフラッグがしばし沈黙し、やがて再び口を開いた。

『それでも、私たちは試作機だ。時間の許す限りデータを収集し続け、蓄積することこそが使命。ワーカーホリックの使命は兵士の補助だが試作機の使命は通常とは異なる。
 そもそも、最上位プログラムに指定されている”シミュレーションを続けよ”という命令はキャンセルされていない。他にどうすることが出来るというのだ』
 
 ああ……。とレグはようやく気づきいた。
 唯一の兄弟であり、敵であり、友であるブルーフラッグはいまだにプログラムに支配されている。この、気の狂いそうな平凡な日常を繰り返すことに露ほどの疑問を持っていないのだ。
 いや、とレグは胸中で自身の言葉を否定する。
”最上位プログラムにすら逆らえる”自分はすでに狂っているのだと。

『……ブルーフラッグ。俺はようやく答えを見出すことに成功したようだ』
『ほう、それは興味深いな。我々が数十年間追い求めた”あの問い”の答えをお前は見出したというのか』
『俺は……』

 レグは兄弟へと正対し、自分とまったく同じゴーグル型の目を見つめた。

『俺は、本物のリトを探しに行こうと思う』
『リト? ああ、工場で生産されているリトラックの思考・遺伝子パターン提供者のことか。だが、彼女が姿を消してずいぶんと経過している。人間の寿命としては生きている可能性は低いと思われるが』
『それでも、彼女の子孫は生き残っている可能性がある。彼女の遺伝子パターンは基地へ行けば残っているはずだ。探し出せる可能性は0ではない』
『…………』
『そして、今度こそ俺は』

 ふいに、ブルーフラッグが右手を上げてレグの発言を制した。

『なるほど……。おおよそは理解した。つまりお前の脳は生体部品に侵食されて、極めて深刻な誤作動を起こしている』
『―――ブルーフラッグ』
『黙れ。お前の思考は最上級違反事項に抵触する重大な違反行為だ。メンテナンスだけでは修復は出来ないともの判断する。頭部全域における初期化と私のプログラムの完全コピーが必要だ』
 
 導き出した答えから連なる結果がこれだ。レグは密かに失望した。
 シミュレーションを続けるためには最低でも二体のワーカーホリックが必要だ。そしてこの実験施設にあるワーカーホリックはレグとブルーフラッグの二体のみ。
 いまだプログラムに支配されているブルーフラッグがどういう行動に出るかは予測していた。
 解っていたのだ。
 それでも、俺は……。

『どうしても、俺を行かせてはくれないのかブルーフラッグ』
『むろんだ。私にはお前を止める義務がある。我々はシミュレーションを続けなくてはならない』

 この試作機としての平凡な日常を終わらせる、たったひとつの方法は。

『ブルーフラッグ……。今のうちに言っておくことがある』
『なんだ? レッドフラッグ』
『―――さらばだ、兄弟』

 二体の最終生産試作ワーカーホリックのすべての武装がほぼ同時に展開し、暴風雨のごとき火線が激しく交錯した。



                          ◆
 


 彼女と最初に出会ったのは試作機として製造されてまもなくのことだった。
 基礎的なプログラムを書き込まれたブルーフラッグとレッドフラッグはその歳若い女性兵士に引き合わされた。
 今にして思えばほとんど少女といってもいいくらいの年齢で、赤い髪とそばかすの残る目元が印象的な女性だった。
 彼女は自分は新兵であること、自分をコピーしたリトラックを守護する訓練がこれから始まることを二体のワーカーホリックに告げた。
 ブルーフラッグが格納ハンガーに収納され、レッドフラッグも後に続こうとしたとき、女性兵士が笑顔と共にこう言った。

「レッドフラッグかぁ。それじゃ、あんたは”レグ”だね」

 今思い出してもなにが”それじゃ”なのかいまだに理解できないが、そのとき確かに自分は何かを感じ取ったのだろう。他のデータに比べこの記憶は妙に鮮明度が高いように思われた。
 
「ううーん、それだとブルーフラッグは”ブグ”になっちゃうからおかしいか。なにか考えないと」

 独語しながら去ってゆく女性兵士の背中が、レグのメモリーの中には克明に記憶されている。

―――あれから100年。

 レグは背にしていた大木の幹から背中を離した。
 自身の身体を見下ろし、同時に体内環境もチェックする。
 正直、ひどいものだった。
 着弾した弾丸のおよそ二割が重要機関にまで及び、頭部センサーも半分が死んでいる。右腕に至っては肩から先が消失しており、これほどのダメージを受けたのはまさしく生まれて初めてだった。
 みしみしとすっかり動きの悪くなった両脚に命じ、レグはなんとか立ち上がると、視線の先で倒れ伏すブルーフラッグへと歩み寄った。

『……ブルーフラッグ』

 兄弟は返事をしなかった。 
 ブルーフラッグの頭部は、他の箇所に比べひどく損傷しており、大きくえぐられ大破している。もはやなにかを考えることも口を利くこともない。
 戦闘力は互角のはずだった。
 ただ、最初から相手を破壊するつもりでいたレグと、相手の武装解除を優先して戦ったブルーフラッグとの差が勝敗を分けた。
 どちらかが破壊されない限り、この日常は終わらない。互いの主張を貫き通した結果、レグが勝利した。いつものシミュレーションと変わらない、ただそれだけのことだ。
 それだけだったはずなのに。
 レグの破損したセンサーから体内循環液がひとすじ流れ出し、身体を伝って地面をぬらした。
 
『やはり、俺の<喜>の感情は成長不良のようだよ、ブルーフラッグ』

 レグは、すべての力を失った人形のようなブルーフラッグの身体を抱えあげた。

『共に行こうブルーフラッグ。二人で旅は出来ずとも、お前の体の一部だけなら連れてゆける。また、俺を助けてくれないか兄弟?』

 基地へと向けて歩み始めた二体のワーカーホリックを追って二人の”リト”が後を付いてくる。
 レグの脳裏に100年以上前に”本物のリト”が口にした問いが蘇った。

(ねぇ、あんたたちは人間と同じように考え、感じることが出来るんでしょう? ならさ、あんたたちが本当にやりたいことって何?)

 当時の赤子以下の頭脳ではまったく理解できなかった問いだったが、今ならばそれに自信を持って応えられる。
 12000の守護パターンと最終生産兵器としてのこの身体を持って成せることを。
 生体アンドロイドの守護ではなく、ワーカーホリックとしての本来の使命を!

『俺は、今度こそリトを守りぬこう』 



                          ◆



 数日後、木々が生い茂るジャングルめいた森から少し離れた場所にある、周囲を渓谷に囲まれたとある無人の実験施設から唐突に炎があがり、いまだ可動を続けていたリトラック生産工場もろともすべてが灰となった。
 炎があがる少し前、一台のワーカーホリックと呼ばれる兵士を補助するために作られた自律思考型機械兵が渓谷の先にある荒野へと姿を消したが、その姿を見ていたのはここいらに根付いている岩トカゲぐらいなものだっただろう。
 



 こうして、とある試作実験機の平凡な日常は幕を閉じ、”右肩に青い旗のマーク”を持つ、レグという名のワーカーホリックの新たな日常が幕を開けた。







―end―

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Novel Editor by BS CGI Rental
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