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―Reg― 作者:電気狼

第1回   終わることなき非凡な日常



 すでに”うだる様な暑さ”などという表現は生易しく感じるほど外気は常軌を逸して上昇しており、周りを取り囲むようにうっそうと生い茂る熱帯雨林特有の木々のおかげで湿気がこれまた尋常ではない。
 この世のものとは思えないような怪鳥の鳴き声が周囲をめぐり、身体の近くを飛び回る小虫がまた苛立ちを助長させる。なにかヘンな病気でも持ってないだろうな、この虫……。
 リトは眉をしかめながらブンブンと飛び回る虫を手で払いのけた。
 もう一週間近く風呂に入っていない。べたつく汗でシャツは身体に張り付き、じっとりとこの場に満ちている緑のキツイ香りのおかげでかなり緩和されているものの、脇の下などに鼻を近づけてにおってみれば一種独特の臭気が鼻をつく。

「ああ……。シャワー浴びたい」

 ミッション開始からほぼ一週間。敵兵士に出会うこともなく、クソ重いライフル銃片手に延々とこのジャングルを徘徊しているのだ。リトの口からそんな言葉が出てしまったのは無理からぬことだろう。
 しかし、彼女に随伴している彼女の相棒はそれを許容してくれなかった。
 
『リト』

 短くたしなめられ、リトは頬を膨らました。

「はいはい、無駄口をたたくなってんでしょ? そりゃレグはいいわよねぇ、暑さなんて感じないんだから。あーあ、あたしも機械の身体がほしいわぁ。どっかの惑星かなんかに行けば無料でくれるかしら」
『……確かに暑さにより不快感を持つという感覚器官は俺にはないが、機械であるがゆえに俺にとって冷却は極めて重要な機能だ。常に体内温度を一定に保つために冷却液が体内をめぐり……』
「無駄口はたたかないんじゃなかったの?」

 リトのひと言にレグと呼ばれた相棒がぐっと詰まった。リトがしてやったりとにやっと笑う。
 しかしそれで、少なくとも少しの間は気が済んだのか、リトはまた黙々と歩き始めた。
 手にしたライフル銃が重い。
 いくら鬼教官に鍛え上げられた肉体とはいえ、いいかげん体力的にも限界が近い。
 体力の減少と共に脳裏に鬼教官との訓練の日々が蘇るのは歓迎すべきことなのかどうなのか。てめえらはクソにたかる蛆虫だ。てめぇらのようなビッチに生きる資格はねぇ。とっとと母親の股ぐらへ帰りやがれ。
 すべての訓練行程を終えてようやく卒業となったとき、いままで自分らをストレス解消の道具としか見ていないに違いないと思っていた鬼教官の目に涙が溜まっているのを見たとき愕然としたものである。教官はいまでも兵士見習いの尻を蹴飛ばしているのだろうか。兵士の生存確率を少しでもあげるために。
 そんな訓練行程など、おそらくまったく無用であろう相棒をちらりと見あげる。
 リトの相棒、レグは人間ではない。
 いちおう人型はしているものの、その体躯は金属で覆われており、曲面装甲が多用されているというのに洗練さを欠いたみたいにずんぐりとして見える。身長二メートルの大男が歩けないほど分厚い金属の鎧をまとったらこんな感じになるだろうか。
 しゃれっ気など皆無のモスグリーンにペイントされた外見の中、右肩に描かれた赤い旗のマークが唯一のアクセントとなっている。
『終わりなき最終戦争』初期の小規模戦闘で活躍した”戦車”と呼ばれる装甲自動車をそのまま人間型にしたような、大雑把にすら見える太く丸い手足と、横長のゴーグルを埋め込んだような目元。一見、武装はされていないように見えるがすべての武装は内臓式で、空いている両手では繊細な作業もこなせるように設計されている。

 正式名称 WH−L2003。

『終わりなき最終戦争』が開始されてから150年ほどたってから実用化され始めた、俗にいう”ワーカーホリック型”と呼ばれる、兵士をサポートするためだけに生み出された人型陸戦機械兵である。半永久的な可動を目的として製造され、昼夜を問わず兵士をサポートすることを義務付けられている。
 戦歴50年あたりまで、20メートルを越える巨大人型ロボットなども製造されていたという話だが、転んだだけで大破するような兵器(転べばロボットの頭部は20メートル上空から地面に叩きつけられることになるのだ。ひとたまりもない)など威圧感以外使い物になるはずもなく、すぐに小型化が実行に移され現在に至ったらしい。
『終わりなき最終戦争』から数百年、人間たちは互いに消耗しあい、結果として消費に供給が追いつかず人口は目に見えて減ってしまったため、少ない兵士の戦力増強と兵士を効率よく消費するためにこのサポート兵器が作りだされた。
 そして戦歴249年の現在まで250年近く、休むことなくその戦争はその名に違わず続いている。
 
『……俺の顔になにか付いているのか?』

 丸太のような腕のわりに繊細そうな指で自分の顔を撫でているリグを目にし、リトはぷっと吹き出してしまった。
 このロボット。聞いた話によると生体部品も僅かながら使用されており、人の脳に近い構造の論理回路が備わっているらしく、通常の会話ならば人間と話しているのと変わらないように感じる。それもおそらく兵士の孤独感を紛らわせる類のものなのだろうが、実際にずいぶん助かっているのだから文句は言えない。
 とはいえ、そんなフレンドリー機能でこのどうにも腹立たしい暑さがどうにかなるはずもなく、汗はとり止めなく流れてくる。脱水症状を防ぐため水分補給は必須だ。
 水筒から水を一口飲み、リトは暑苦しい上着を脱いで腰に巻いた。

『そのジャケットには少なからず防弾能力もある。脱ぐことはあまり推奨できんな』
「うっさいわねぇ。熱中症でぶっ倒れて作戦行動が中止になるよりマシでしょう? それともあたしが倒れたらアンタがおぶってってくれるわけ?」
『むろん、必要ならばそうする。ワーカーホリックは兵士を補助するためにあるのだから』

 なんとなく鼻白んで、リトはそっぽを向いた。
 レグの口ぶりに腹を立てたわけではなく、自分のために行動してくれることが当然だと云ってくれる存在がなんとなく気恥ずかしかったのだ。それが例えロボットだったとしたところで、嬉しくないといえば嘘になる。
 
「……レグ」

 まだそばかすの残る頬を多少上気させて、リトが自分の相棒に声をかけようとしたそのとき。
 襲撃は唐突だった。
 突如、リトの前に回りこんだレグの装甲で火花があがり、リトは初めてそれが襲撃であることに気づいた。
 おそらくは狙撃。
 レグの索敵範囲内での狙撃行為だったからレグも事前に察知できたものの、これが超々距離からの遠距離狙撃だったら、いまごろリトの頭は吹き飛んでいただろう。

「―――レグ! 敵位置特定ッ!!」

 叫び、すぐにライフルの安全装置を解除、頭からドロのなかに突っ込みレグの足元に伏せる。イニシアチヴを相手に取られた。状況は良くない。しかし挽回できないほどではない。そう信じる、思い込む。 
 
『―――敵影確認。二時の方向、距離320』
「バックウェポン展開。迫撃砲用意!」
『指示承認。バックウェポン展開。迫撃砲用意』

 リトの命令にレグの背に背負われた太い筒のような装備が頭上へ向けて、にゅっと伸び、装備されている迫撃砲が展開される。さらに砲口の角度が調整され、レグが片膝を地面に付いた。

「敵現在位置から移動方向へ向け、三点連射。撃てーーーーーーーーーーッ!!」

 ライフルを構えたリトの頭上で、飛びきりでかいシャンパンを立て続けに開けたような音が鳴り響き、待つこと数秒―――視線の先で紅蓮の炎があがった。
 
「出るよ。レグ、サポートお願い!」
『了解』

 背中の迫撃砲を収納したレグの今度は右腕、外側の装甲がスライドし、中から小型のガトリング砲が銃口を覗かせる。中距離用の兵装だ。
 リトはもはや相棒には目をくれず、木々の陰から飛び出した。
 戦場で火力は確かに魅力的な要素のひとつではあるけれど、じつのところ近距離ではそれほど価値はない。今のような状況でもっとも重要視されるのはなんといってもスピードである。足の遅いワーカーホリックには出来ない芸当だ。
 レグの援護射撃を背に、木々の間を飛ぶように、それでも木の根に足を取られないように細心の注意を払いつつ走り抜け、相手との距離を一気に詰めて、

(―――見えた!)

 リトの視線の遥か先、木々の間を走り行く敵の姿を発見した。
 すぐさまライフルを構え引き金を引き絞る。
 三点バースト。立て続けに発射された弾丸が狙い違わず敵影を捉え―――そして火花と共に弾き返された。
 慌てて近くの木の影に身を伏せたリトの奥歯がぎりりと鳴る。

「敵の、ワーカーホリック!」

 敵兵士にもワーカーホリックが付いているであろうことは予想はしていたが、いざ現実となってみればこれほどやっかいなことはない。
 敵方のワーカーホリックがどれほどの性能を有しているかは不明だが、レグと同等かそれとも向こうが上か、少なくとも一筋縄ではゆかなくなったことだけは確かだ。
 リトは右耳にはめ込んである通信装置に声をあげた。

「レグ、敵現在位置に迫撃砲発射! 一時後退して合流する!」
『―――了解』

 レグの簡潔にして短い応答のあとすぐに背後で爆音が鳴り響いた。同時にリトは木の影から飛び出し、もと来た道を一目散に走り戻る。ほどなくレグと無事に合流することに成功した。
 一時的に敵との距離を開けるために少しばかり後退し、リトは木々の間で一息ついた。レグの索敵能力があるからこそ戦場でも一息つける。ワーカーホリックさまさまである。
 
「で? 敵さんのワーカーホリックのタイプは識別可能?」
『……無理だな。俺自身が目視できる距離まで近づければ可能だが、こう障害物が多くては視認するためにはよほど接近しなければならないだろう。現状では難しいと云わざるをえない』
「そう……。さて、どうしたもんだろうね」
『―――待て』

 リトが嘆息した瞬間、レグが手を上げてリトの動きを封じた。
 こういった場合、兵士はワーカーホリックに逆らわないのが常である。彼らは部分的ではあるが人間よりも遥かに性能の良い感覚器官を有している。極限状態で生き残りたければワーカーホリックには逆らうな、と新米兵士は訓練学校で叩き込まれるのだ。
 しばし瞑想するように動きを止めたレグが、ふと怪訝そうに首を動かした。

『敵が索敵範囲外に後退した……』








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Novel Editor by BS CGI Rental
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