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彼岸花 作者:遠藤敬之

最終回   彼岸花

「誰ですか貴方?」
「え? ……ええ、私、桜田 桂と申します」
 朝目覚めると、僕の布団の横に、真っ赤なビキニ姿のお姉さんが立っていた。僕の反応が以外に普通だったことに驚きながらも彼女は笑顔を見せる。桜田 桂と明らかに日本人の名前を名乗りつつ、髪もビキニと同じ真っ赤、目も真っ赤、まるで季節はずれのサンタクロースのようだった。
「で、その桜田さんが、僕に何の用ですか?」
 実はその時、僕はまだ夢を見ている気がしていた。だって、朝起きてこんな女性が枕元に立っているなんてシチュエーション、簡単には信じられない。これはきっと、昨日子供向けの童話特集をテレビで見た後、寝る前にグラビア写真集を読んだことが原因だろう。ああ、そうか、ホンとこれは夢なんだ。お、ということは、これは生まれて初めて見る明析夢ってやつではないか。おお、そうと分かればこの夢、大いに楽しんでしまおう。
 そんなことを考えフフフと笑う僕を少し気味悪そうに見つめた彼女、桜田さんは辺りを見回して言う。
「えっと、何がそんなに面白いのかは分かりませんが、貴方に用があるのは確かです。あなた、三浦哲明さんですよね?」
「そうだけど。なんだい、僕のガールフレンドになってくれるために、わざわざ遠い北の国から来てくれたのかい?」
「いえいえ、その可能性はこれっぽっちもありませんから心配なさらないで下さい。今日はですね、貴方にいいお知らせをもってきたのです」
「いい知らせ? なんだそりゃ?」
 僕は目を輝かせ布団から飛び起きる。そして、僕の顔を覗き込むようにしゃがみ込んでいた彼女の顔に頭を強打する。苦痛に顔を歪め、ぷるぷると顔を覆う彼女の姿を見ると、僕は何故か心がワクワクしてきた。これから新婚夫婦のような甘い生活が始まるのではないかというあらぬ期待がどんどん膨らんでいくのだ。だって夢なんだから、何だってありなんだもんね。
 僕はまたフフフと不敵な笑みを溢す。夢だったら何しても問題ないよなー。だから謝る必要だって何もないのさ。
 さすがにそんな僕の態度に腹を立てたのか、睨みつけるような目をした彼女だったが、僕が気にする様子もないのを悟ると、あきらめたように話を続けた。
「ええ……、あなたはですね、今日付けで彼岸花になることが決定しました」
「ほう、彼岸花ね。あの赤くて綺麗な花のこと。なるほどあんな綺麗な花になれるなんて、そりゃ確かに幸せだ……ってなんでだよ!」
 僕は思い通りにならない夢に苛立ち、憤怒の形相を浮かべる。
「ああ、すみません、言うの忘れてました。私、天界の輪廻転生委員会に勤めてまして、それで貴方の輪廻先が決まりましたので、こうしてご挨拶に来た次第です。えーと、資料によりますと、後10分ほどで貴方は死にますので、覚悟なさってください」
 あっはっは。なんだよー、ビキニのお姉さんが現れたからてっきりいい夢になると思ったのに、笑えない冗談だぜ。なーんか変な具合になっちゃったからさっさと目覚めよっと。……って、えーと、目覚めるってどうすりゃいいんすか? え、もしかして、これ現実ですか? ん、てか僕死ぬんですか? 後10分で? マジかよ。ちょ、冗談じゃねーぞ! おい、待て、待ってくれよ!
 動揺を隠せない僕にニッコリと笑いかけると、彼女はそのままドアノブを回し、玄関から出て行った。
 あのぉ、天界から来たんでしたら、せめて窓から飛んで行くとかしてくれないと、イマイチ感動が伝わってこないのですが……、なーんて悠長なことを考えている場合じゃない! もしこれが夢じゃなくて、彼女の言っていることが本当なら、僕はもう後10分で死んでしまうんだぞ!? んで、輪廻だかなんだか知らないが、あの田んぼのあぜ道に咲く彼岸花の一つになっちまって、車がはねる泥なんか浴びながら、雨で凍えたり、カンカンの太陽に照らされ喉がからからになって死んじまうんだぞ? 嫌だー! そんなの嫌だー! 僕は、生まれ変わるなら大金持ちの飼い猫がよかったのにーーー!
 僕は頭を抱えて六畳一間の部屋をゴロゴロ転げ回ったが、それがなんの解決になるはずもなく、無常に時間は刻一刻と過ぎて行った。
「はっ! 何をやっているんだ! あと数分しかない命だぞ! こんなことをしている場合じゃない! ええと、今からすべきことといったら……、そうだ、遺書だ! 勝手にミュージシャンになるとかいって身一つで飛び出して来たんだ。両親には本当に悪いことをした。結局なんの親孝行もできなかった。うぅ、本当にごめん……」
 僕は自然と目頭が熱くなったが、遺書よりももっと大事なことに気が付いた。
「そ、そうだ、そんなことよりベッドの下に隠してあるエロ雑誌、処分せねば! あ、後、書きかけの恥ずかしい歌の詞とかも燃やさなくちゃーっていってるうちに時間がーーー!」
 僕は時間というものの大切さに、この死期迫った今、初めて気が付いた。いつもならボーっと過ごしてしまう1分か2分の時間。僕はなんて今まで無駄な人生を送ってきたのだろう。それもこれも、明日もまた元気に生きていられるという根拠のない自信があったからだ。ああ、僕はなんて愚かだったのだろう。
 そうだよ、きっとそんな愚かな僕のことを怒って、神様も僕のこと彼岸花なんかにしようとしたんだ。うぅ、ごめんよ、みんな、みんなごめんよー!

 覚悟を決めて目をつぶった僕。1分、2分、とうに10分が過ぎても何も起こらない自分の体。僕が騙されたと気が付くのに、そう時間はかからなかった。苦労してコツコツ貯めた貯金通帳が机の引き出しからなくなっていたからだ。

「おのれーーー! あの女、コソドロだったのかぁぁぁ!」

 僕は、泥棒女に対する怒りより、自分のあまりのバカさ加減に心底がっかりし、頭を冷やすため外に出ようとした。そうだよな、そんな輪廻とか死ぬとかあるわけねーよな。フフフ、なんてバカなんだ、僕は……。
 ふらふらと立ち上がり玄関のドアを開けようとすると、郵便受けに、自分の通帳と小さな茶封筒が入っていることに気が付いた。中を開けると一通の手紙。かわいい丸い文字を目で追ううちに、自分の顔が蒼白になっていくのを僕は感じた。

『ごめんなさい。ちょっと意地悪しちゃいました。輪廻なんて嘘ですよ。びっくりしましたか? でもあなたがいけないんですよ。私たちにオシッコかけるなんて。立ちションだって今は立派な犯罪になるんですからね! ……でもまぁ、長い日照り続きで干からびちゃいそうだったので、実際助かったのも事実です。なので、そのお礼に貴方の預金を倍にしてあげました。どうぞ気にせず使ってください。ではでは、また道端で会いましょう』

 僕はこの一件で、時間の大切さと、悪いことも必ずしも悪いことじゃない時がある、ということが分かった。

 ……外には彼岸花が絢爛と咲き乱れている。赤く、赤く、綺麗な花であった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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