「まずは男の中の男になること!強くても女の子の事が分かってなきゃ意味が無い!っ
てことでモテモテ☆山都えっちゃんくん〜!ご指導よろしく!」
「は?」
何故かやたらと張り切っている名糖が杉谷たちの元へ連れてきたのは、端整な顔立ちの
眼鏡の男、山都だった。光に透ける茶髪は決して短くはない。山都は整った眉を歪め、
美咲の目の前に立つ。山都も背は高い方だが、さすがに杉谷には適わない。腕を組ん
で、山都はつっけんどんに杉谷に問うた。
「……何だよ?つまらない用だったら答えないからな」
山都はぎろっと杉谷を睨み付ける。杉谷はヘビに睨まれたカエル状態で、俊足とも言え
る速度で喜多原の後ろに隠れた。三人、同時にため息を吐く。
「美咲ちゃ〜ん。えっちゃんは確かにある意味怖いけどさぁ〜。こんなのに怖がってた
ら何も出来ないよ〜?」
「『こんなの』…。名糖、お前は一言多いんだよ」
まぁまぁ、と名糖は山都をなだめた。山都は軽く息を吐き、先程よりは弱い口調で美咲
に声をかける。
「杉谷。何もしない(?)から、喜多原の後ろから出てこい」
本当…?と杉谷は喜多原の背中から顔を出した。山都はにこぉっと微笑み、
「いーから出て来い!!俺も暇してねーんだよ!!」
思いっきり叫んだ。更に杉谷は喜多原の後ろに隠れ…。
「………だ〜めだこりゃ」
名糖は肩をすくめてため息を吐いた。
「女子と会話を弾ませる方法?」
未だ喜多原の後ろから出てこない杉谷の代わりに名糖から説明を受けた山都は、いぶか
しげに目を細めて腕を組んだ。名糖はそうそうと言って山都の背中を何度か叩く。
「えっちゃんなら何か知ってるかなぁ〜って。俺と違って、山都結構いろんな女の子と
話してるだろ〜?」
「…まぁなぁ。でも、お前も…」
名糖に目を移す山都に、ダメダメ、と名糖は苦笑混じりに小さく胸前で両手を振った。
「俺は多人数限定だよ。マンツーマンは、ちと辛いもんがあるんだよな〜」
破顔する名糖に、山都は息を吐く。当の杉谷は、まだ人見知りをする子供のように喜多
原(お母さん?)の背に身を縮めている。……いやだから無理だって。美咲ちゃん。
「志摩本人に聞けばいいだろ?わざわざ遠まわしに俺に聞かなくても」
面倒くさそうに眉を顰めながら、山都は名糖に顔を移した。名糖は苦笑混じりに頭を掻
き、まあね、と言葉を発する。
「まあね〜。でも、美咲ちゃんに本人に声をかける勇気なんて無いと思う〜。だからさ
〜、な、えっちゃん〜。協力してくれよ〜♪」
顔面の目の前で両手の平を合わせ、ウインクをする名糖に山都はもう一度息を吐き、
「それなら他の奴に聞けよ……」
「あ、越夜〜!何してんのー?」
変声期をまだ迎えていない少年の声に、山都は肩を落とし、名糖はニヤリと唇を上げ
た。見下ろした山都の目に映るのは、唐司。唐司は後ろから山都に抱き付き、好奇心に
目を輝かせながら山都の後ろから名糖を見上げた。
「黒!いい所に!さっきからえっちゃんが美咲ちゃんを威嚇(いかく)してるんだよ〜。
止めてくんないかな?」
名糖は右の親指で喜多原の後ろの杉谷を指差す。杉谷はおずおずと顔だけを出し、途端
表情を明るくさせた。山都の弱点が唐司と言う事を知っているのだ。杉谷は、やっと喜
多原の後ろから全身を出した。情けないものがあるよーな、そんな気もするが。
「………越夜?何、酷いことミキにしてたの?」
ゆっくり見上げる唐司の目が氷のように冷たい。見た目中学生なのに、さすがの山都も
一歩たじろいだ。その間も、唐司は冷たい笑顔を送っている。このままでは…。
「話してくれる〜?山都ぉ★」
そういって微笑む名糖の笑顔は策士のものだった。山都は諦めたように深いため息を吐
き…
「よし。今まで俺が培ってきた知識を話してやる。ちゃんとメモっとけよ?」
――――レンアイ講演会、スタート。
放課後。クラブ所属者がわいわい騒ぎながら、自分達の部室へと向かう最中。無所属者
に紛れて、杉谷・名糖・喜多原の三人は騒然とした廊下を歩いていた。片肩に黒いリュ
ックを背負い、名糖は山都の話を写し取ったメモを閲覧している。
「とりあえずこれって真智に効果あんのかなぁ〜?」
下手な文字で白い手のひらサイズの紙にはびっしりと文章が書き込まれている。山都の
言ったことを一字一句書き移したのだ。やったのは、今かなりむすっとしている喜多原
だが。
「と言うか。俺たちってミキを一人前のボディーガードにするんじゃなかったのか?趣
旨変わってたぞ?楽蓙が山都を連れてきた辺りから」
喜多原は、リュックを腕に通した状態で、呆れたように名糖を見上げた。名糖はヘラヘ
ラと破顔しながらメモをひらひらと動かし、
「身体作りなんかすぐには出来ないだろ〜?まずは気の持ちようだよ。にゃ〜?美咲ち
ゃん」
律義にリュックを背負い、困ったように微笑む杉谷の手の中にメモを収めた。名糖は杉
谷の大きな手を握る。同意を求める名糖に、杉谷は薄っすらと瞳を細めた。
「…あ、杉谷くん!」
ソプラノの声に、弾かれた様に杉谷は顔を上げた。瞬時に頬を赤らめる。前には、角か
ら姿を現せた志摩が微笑んでいた。片腕にかけた鞄は、細身の志摩には不釣り合いなほ
ど膨らんでいる。テストが近いからだろうか。志摩は、小さな足音を立てながら杉谷た
ちの元へと足を速めた。
「今、帰り?」
透き通る黒髪を傾け、志摩はやんわりと微笑した。雛菊を思わせる志摩の笑顔に、杉谷
は肯くだけで返した。名糖と喜多原は後ろでこそこそと何か話している。
「―――美咲ちゃん!ゴメン、俺達今日はクラブの方行くな〜!ちゃんと真智を送れよ
〜」
唐突に名糖は声を張り上げ、ぽんっと杉谷の背中を叩いた。その顔には優しい笑顔が浮
かんでいる。珍しく喜多原も、同じだった。
「あ、うん……。分かった。行ってらっしゃい」
意図を理解していないのか、少し残念そうに杉谷は微笑を見せた。杉谷の言葉を合図
に、名糖と喜多原は元来た道を小走りに去って行く。あとには、騒々しい空気と杉谷と
志摩だけが残された。志摩は杉谷の腕を絡めとって優しく微笑む。杉谷は多少狼狽しつ
つも、
「あ…、じゃあ、帰ろうか。荷物持つよ、志摩さん」
震える声で何とかそれだけを絞り出した。志摩は、破顔しながらありがとう、と言っ た。
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