(もうなりふり構っている場合なんかじゃない!)
勢いよくドアを開け放ち、店の外へと飛び出すボク。駅方面へ駆け出していくと見せかけ店の裏側へと回り込むと、ポケットの中から携帯電話を取り出し、電話帳に登録してあるまなみちゃんの名前を呼び出しそのまま通話ボタンを押す。プルルルル、プルルルル……と呼び出し音がし始めてすぐ、『もしもし』というまなみちゃんの声が聞こえてくる。
「まなみちゃん、ごめんね。連絡が遅くなって」
『よかった奏くんだ。もう、奏くんったらちっとも連絡くれないんだから。何か事故にでも巻き込まれたんじゃないかって心配したんだからね』
「ご、ごめんなさい」
別の意味でならどっぷりと巻き込まれていましたけど。
『あれ?』
「ど、どうかした?」
『奏くんってそんな声だっけ?』
しまったっ! 声のこと、すっかり忘れてた。
「た、多分、携帯だからじゃないかな。ほら携帯だとたまにおかしく聞こえるときってあるよね」
『そっか。でもなんか女の子っぽい声に聞こえるね』
「そ、そうなんだ。それはちょっと聞いてみたいかも」
なにせ今は女の子ですから……なんて自分でつっこみを入れてる場合じゃないよ。それよりもやらなくちゃいけないことあるだろうが。
「あ、あのねまなみちゃん、まなみちゃんに聞いてほしいことがあるの」
『……もしかしてそれって奏くんが言ってた大切な話なのかな?』
「うん。ホントだったら電話なんかじゃなくって、直接会ってまなみちゃんの目の前で言わなくちゃいけないことなんだけど、どうしても今すぐ伝えたくって。いいかな?」
しばし沈黙のあとまなみちゃんの声が聞こえてくる。
『……いいよ。そのかわり一つだけ約束してくれるかな?』
「なんでも」
『その言葉に嘘、偽りはないって』
「うん、約束する」
お願いしますというまなみちゃんの優しい声がボクの中にあるまなみちゃんへの想いを魔法のように次から次へと言葉に変換していく。
「まなみちゃんのことが好きです。ずっと前から君を、君のことだけを見てきました。まなみちゃんさえよければその……ボクと付き合ってください」
『奏くん……』
「ちょっと事情があって、その……できれば返事を聞かせてもらえると嬉しいんだけど」
『今すぐかな?』
「できれば」
『ねえ奏くん、もう一度さっきの台詞聞かせてもらってもいいかな?』
「もちろんっ! 一度なんて言わず何度でも」
「できれば電話越しじゃなくって直接聞きたいから」
背後からジャリジャリと砂地を歩く足音が聞こえてくる。それに重なるように携帯からしか聞こえるはずのない声が。慌てて振り返るとそこにはまなみちゃんの姿が。
「かなさん……ううん、奏くん、お待たせ」
「う、うそ、どうして……」
まなみちゃんは深々と頭を下げると、
「私、奏くんに誤らなくっちゃいけないことがあるの。実をいうとね、かなさんが奏くんだっていうことをお店に来たときから、ううん、ここに来る前から知ってたの」
「えっ? それってどういうこと?」
「私がね、お願いしたようなものなの。音さんと優風さんに」
「母さんと姉さんに?」
こくりと頷くまなみちゃん。
まなみちゃんの話によると一週間ほど前に駅前で偶然母さんと姉さんに会ったそうで。母さんに『ちょっと時間いいかな?』とそのまま数駅先にある喫茶店(明言はしていないけれど、どうやら市場調査対象となったメイド喫茶らしい)へ連れて行かれ、ボクとの関係を根掘り葉掘りと聞かれたそうだ。そのときに母さんが『やっぱり告白は男の子からするべきだと思うのよねー』そう言ってあとは私たちに任せておいてと言われ、あれよあれよという間にこういう事態になっていたとのことだった。
「そっか、そういうことだったんだ」
「ごめんね、初めは奏くんがミルクティーの出してくれたところで終わらせるつもりだったんだけど、つい……」
「つい?」
「その姿があまりにも似合っていたから、その……もうちょっとだけ見ていたいな、そう思ったら止められなくなっちゃって」
あ、あのねまなみちゃん、確かに今は女の子かもしれないけれど、中身は変わっていないんだからそんなこと言われてもあまりというかちっとも嬉しくないんですけど。
「これはお詫びの印」
次の瞬間、ボクの口はとっても柔らかいもので塞がれてた。メープルシロップとチョコレートの味がする、まなみちゃんからの甘くて優しいキス。
「そしてこれは奏くんへの返事。私も好きです、奏くんのことが」
再び、唇を重ねるボクとまなみちゃん。時間を忘れ、いつまでもいつまでもずっと……。
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