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change 作者:ちびとら

第4回   絶対領域よ

 恥ずかしい。

 とにかく恥ずかしい。

 無茶苦茶恥ずかしい。


「お、お帰りなさいませ、ご主人様」

「うーん、まだちょっと堅いかな。それにそわそわして落ち着きないみたいだし。ダメだよかなちゃん、メイドさんたるものはね、常に冷静でいなくちゃいけないんだから」


 そりゃまあ覚悟していたとはいえ、やっぱりこの姿でお店に立つのはそれはもう勇気がいるわけで。せめてもの救いなのが現在開店前で母さん以外(姉さんはどこに行ったか不明)誰もいないことである。

 まったくもう、なにが冷静でいなくちゃだよ。こっちは下着を着けた時点でいっぱいいっぱいだっていうのに、その上こんな服着せておいてそんな無茶なこと言うなってんだよ。

 そりゃまあ確かにブラを着けた方が胸が安定するから動きやすいことは事実なんだけど、カップの中に押し込むというか寄せるというかした結果、ただでさえ大きな胸を更に強調しているような気がしまくりで。こっちとしては別に主張しているつもりはないんだけど、相手から、特に男性からしてみれば間違いなく目がいってしまうわけで。それに下は下ですっごく心許ないし。女の人ってよくもまあこんなちびっちゃいのはいていられるもんだなと思わず感心してしまったわけで。


「ねえ母さん、せめて、せめてもう少し丈の長いスカートないの?」


 スカートの裾を抑えながら尋ねる。一部地域で使われているような、フリルとかレースなどで無駄に装飾したメイド服と違って、母さんが用意したくれたものは上半身の方は襟元にリボンがある程度ですっごくシンプルなのに下半身の方、スカートの丈がかなり短くってちょっと屈んだだけでパンツ……じゃなかった、ショーツって言うんだったっけ、が見えちゃいそうなぐらいの長さだった。

 ボクの切実たるお願いに対し、母さんはいつになく真剣な眼差しを向けると、


「かなちゃんかなちゃん、メイド喫茶で給仕しているメイドさんの服装でこれだけは絶対欠いちゃいけないものがあるんだって。なんだか知ってる? それはね……」

「それは?」

「絶対領域よ」

「……」


 予想外の答えにフリーズするボク。はい、言わなくてもわかってます。そうです、真剣に耳を傾けたボクがバカでした。


「スカートとオーバーニーソックスの間からチラチラと見える生足が男心をくすぐるんだって。このあいだ優風ちゃんと市場調査に行ってお店の人に教えてもらったから間違いないわ。あれ? かなちゃん、どうかしたの? もしかしてガーターの方がよかった?」


 いいえ、ただ単に呆れているだけです。ていうか行ってきたんですか、二人であそこ(メイド喫茶)に。いいなー、まだ行ったことない……じゃなくって! それよりも重要なことがあるだろうが。


「ねえ母さん、一つ聞いてもいい」

「年齢以外だったらいいわよ」

「……」


 いや、それに関しては聞かなくても分かってますから。


「どうしてボクがこの格好でお店を手伝わなくっちゃいけないの?」


 ボクには一刻も早くまなみちゃんにボクがボクであることを気がついてもらわないといけないという重要な使命があるわけで。呑気にお店の手伝いをしている場合じゃないんですけど。

 そう母さんに尋ねると、


「もちろん知ってるわよ。大丈夫、その辺に関しては抜かりないから。かなちゃんのかわいらしい姿が見られて、かつ、まなみちゃんにかなちゃんが奏くんだと気づいてもらえるようなとっておきの作戦をね♪」


 それはもう楽しそうな笑みを浮かべウインクをする母さん。いや、かわいらしい姿なんて言われても正直嬉しくないんですけど。

 それと母さんがこういう仕草をするときって、大抵というよりも確実によからぬことを考えているときなんだよな。例えるなら……そうそう、時代劇でいうところの越後屋だね、うんうん。

 でもでも、まなみちゃんに気づいてもらえるような方法といったら一体何だろう? うーん、まさかまなみちゃんのうちまでコーヒーのデリバリーでもさせられるのかな? それとも駅前でチラシでも配らせられ、そこに姉さんに呼び出されたまなみちゃんが登場とか? うわぁー、どっちに転がっても嫌だなぁー。この姿で公の場に出るなんて。

 母さんは壁に掛かっている時計に目を向けると、


「そろそろ時間みたいね。それじゃあかなちゃん、これから実地訓練といきましょうか」

「実地訓練?」


 何ですか、実地訓練って?


「だってだって、身内相手にいくら練習しても仕方ないでしょう? だからね、かーさん、かなちゃんのためにってお店を午前中お休みにして第三者の視点でかなちゃんのメイドさんっぷりをチェックしてもらうことにしたの」


 ということは出張メイドさんとか駅前チラシ配りは回避ってこと? ラッキー、この姿で表に出なくて……って、じゃないだろうが。結局は家族以外の人にこの姿を見られるってことじゃないか。


「大丈夫よ。誰が見てもかなちゃんが奏くんだなんて気づかないから」


 あのー、それはそれですっごく複雑なんですけど。確かに他の人にボクだと気づかれないってことはいいことなんだけど、まなみちゃんに気づいてもらえなかったらそれはそれでアウトなわけなんですけど。

 今更だけど、お化粧ってホントすごいよねー。女性はお化粧一つで化けるって聞いたことあるけど、ここまで変わるなんて思わなかったよ。

 自分で言うのも何だけど、メイド服を着せられ、ウィッグを着けられて、化粧した自分の姿を見たとき、正直自分とは思えなかった。だって鏡に映っていたのは紛れもなくごくごく普通の女の子(いやメイド服を着ている時点で普通かどうかは定かじゃないけど)だったから。自分で言うのもなんだけど、そこそこかわいいし……あ、でもでもまなみちゃんの方が断然かわいいんだから。


「こんにちは」


 見て見て。まなみちゃんの方がボクなんかよりもかるく100万倍はかわいいでしょう。こうして並んでみれば一目瞭然で……え?

 予期せぬ来訪者にすべての思考がシステムダウンを起こす。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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