■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

change 作者:ちびとら

第3回   そんな掟ありませんから!

「姉さん、それって冗談だよね?」


 食後、ようやく姉さんから元の体に戻る方法を聞き出したところでボクの口から思わずこぼれた言葉がそれだった。

 だってさ、普通に考えれば薬なんだから効き目が切れるまでとか、その効力を打ち消す作用があるような薬を飲むとかって想像するはずだよ。なのにそれがそれが好きな人からのキスだなんて、そんな悪い魔女にかけられた魔法みたいなこと信じろと言われてもそう簡単には信じられないわけで。


「だって取説にそう書いてあるし」

「ウソウソ、かーさんにも見せて見せて。わっ、ホントだ。呪いとか書いてある」

「姉さんの手書きでね」


 ついさっき姉さんから手渡されたメモ用紙の正体はというと、今回の騒動の発端である性別を反転させる薬の取説だった。そこには姉さんの直筆で『呪いを解くには王子様からの熱いキス(はあと)』と、とても取説とはかけ離れた文字が書いてあった。もうあからさまにうさんくさいです、はい。


「信じたくなければ別に信じなくてもいいけど。あ、そうそう。キスするならあと6時間のうちにね。でないと一生元に戻れなくなるわよ」

「うそっ! そんなとんでもない薬飲ませるなー」


 慌てて壁に目を向け時間を確認する。えっと、今9時だからあと6時間後といったら昼の3時か。ど、どうしよう……。信じるべきか無視すべきか。

 普通ならそんな非現実的なこと信じないんだけどね。なにせ首謀者がうちの姉さんだからなあー。とんでもなければとんでもないほどやりかねないという、はた迷惑な才能(?)の持ち主なのである。

 それにしてもまだまなみちゃんに告白すらしてないのにそのキスしろだなんて。まったくもう、物事には順序ってのがあるってんだよ。


「別にいいじゃない、付き合ってるんだから」

「まだ付き合ってません! 今日、告白するつもりだったの!」


 それなのにこんな姿にされるわ、その上キスしろだなんていくらなんでも勝手すぎだよ。けれでもそんなボクの抗議に対して二人はというと……、


「うそ。だってここ最近、毎週のように二人で遊園地とか映画館に出かけてたじゃないの。信じられない」

「そうよ。あんなにいちゃいちゃしてれば普通付き合ってると思うわよ。だからかーさん、優風(そよか)ちゃんにお願いしてマンネリ化し始めた二人にちょとしたサプライズを仕掛けてもらって親密度をアップさせようと思ったのにぃ〜」


 な、なんでボクが二人から文句言われなくちゃいけないんですか? 被害者はボクなんですけど。


「かなちゃんかなちゃん、かーさんとしては娘が二人に増えてすっごく嬉しいんだけど、やっぱりここは素直にまなみちゃんにお願いしてキスしてもらった方がいいと思うなー。それにさっきの話では、今日まなみちゃんに告白するつもりだったんだよね? だったらあまり問題ないんじゃないかな?」

「それとこれとは話が別です」


 恐らくまなみちゃんなら事情を説明すればキスしてくれると思う。でもそこにはまなみちゃんの意志というか気持ちは含まれていないわけで。そんなキスをまなみちゃんにさせたくなかった。

 すると姉さんが呆れ果てた口調で、


「あのね、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょが。戻れなかったときのこと、ちゃんと考えてる? あなただけの問題じゃないの。下手をすればまなみちゃんにまで迷惑掛かることになるかもしれないのよ」

「まなみちゃんに迷惑?」


 だって仮に戻れなかったとして困るのはボクであって、まなみちゃんにまで影響が出るなんてことはないはず。


「あのね、このことがマスコミにばれたらどうなると思う? 鴨がネギと豆腐と鍋とカセットコンロを持って歩くどころが道端でぐーすか寝ているようなものよ。あんなハイエナみたいな奴ら、こっちの意志なんて無視してあることないこと好き勝手に書きまくるわよ。そこにまなみちゃんとのことが発覚したらどうなると思う? それはもう素敵な記事になるでしょうね」

「あ」


 『だってここ最近、毎週のように二人で遊園地とか映画館に出かけてたじゃないの』

 『そうよ。あんなにいちゃいちゃしてれば普通付き合ってると思うわよ』


 さっき姉さんと母さんに言われた台詞を思い出す。姉さんと母さんが揃って勘違いしていたぐらいだから、他の人から見てもボクとまなみちゃんは付き合ってると認識されていてもおかしくないはず。

 もしもこのまま男に戻れなかったら。いつまでも女の子になってしまったことを隠し通せるはずもなく、いつかは周知の事実になってしまうはず。あとは時間の問題、姉さんの言うとおり間違いなくボクはマスコミのおもちゃにされるであろう。
 そしたら母さんや姉さんはおろかまなみちゃんにまでマスコミの魔の手が伸びる可能性は大いにあり得る。


「悪いことは言わない、まなみちゃんにキスしてもらいなさい。どうしてもまなみちゃんの気持ちを大切にしたいって言うなら、告白してから事情を説明すればいいだけの話。OKなら恋人同士になって初めてのキスだし、もしそうでなかったら大切な想い出の1ページとして書き綴ればいいだけのこと、違う?」

「そう、だね」


 それが今考えられる中で最良の選択肢かもしれない。


「あ、一つ言い忘れてた。元の姿に戻るためにはキス以外にもう一つ条件があったわ」

「条件?」

「あんたがあんたであることを何も告げずにまなみちゃんに気がつかせること。例えばあんたがまなみちゃんに『女の子になっちゃったけどボクだよ奏だよ』なんて名乗ったりしたらその時点でアウトってことよ」

「マジで」

「マジも大マジ」


 そこまでくると薬なんかの効力を遙か通り越して、魔法とか呪いとか(どちらかというと後者かと思われる)の類になるかと思うのですが。


「障害があればあるほど盛り上がるかなっと思って、そういう風に薬が作用するよう改良に改良を重ねたから」

「そんなはた迷惑な改良するなー」

「安心なさい、まなみちゃんに気がついてもらうまでの話だから。さてと話もまとまったことだし、お母さんあとはよろしくね。私はまなみちゃんに連絡するから」

「任せといて。それじゃあかなちゃん、お着替えしましょうか」

「そこの二人、勝手に話を切り上げるなっ! まなみちゃんに連絡? 一体何するつもりなのさ、それと着替えって何? 何なのさ?」


 何かものすごーく嫌な予感がするのはボクの気のせいでしょうか。誰でもいいです、お願いですから気のせいだと言ってください。


「だってだって、その豊満な胸じゃあノーブラってわけにはいかないでしょう? 大丈夫、かーさんに任せて頂戴。それはもう立派なメイドさんにしてあげるから」


 ちょっと待って。ブブ、ブラはともかくとして……いや、それはそれでともかくなんて言葉で片付けたくはないんだけど、この際目をつむる。ええ、つむりましょうとも。

 それよりもなんでメイドなんですか? どーしてメイドなんですか?


「かなちゃん、知らないの? 最近の喫茶店ってね、メイドさんが給仕するのが鉄の掟なんだよ」

「そんな掟ありませんから!」


 ここはいつから秋○原とか○野になったんですか。誰だよ、かーさんに変な入れ知恵したの……って、姉さんしかいないか。しかも喫茶店で給仕って、まま、まさか! ボクにメイド服なんか着せて店に立たせるつもりじゃないでしょうね。


「そんな遠慮なんてしなくていいからぁ〜♪ ささ、着替えましょ〜、着替えましょ〜♪」

「ちょ、やだ、かーさん。ちょっとやめて、うひゃぁっ! お願い、お願いだから、ここで脱がさないでぇぇーーーっ!」


 抵抗したところでボクが母さんに勝てるはずもなく(現在のところ0勝37敗。あの小さな体のどこにあんな怪力があるのか、ものすごく不思議です)、あっという間に寝間着をひん剥かれると、そのまま母さんの部屋まで連行(というよりも誘拐とか拉致の方があってるかも)されるボク。到着するや否や下着の付け方からレクチャーが始まり
(まさかブラを着けることになるなんて夢にも思ってませんでした)、最終的には濃紺のワンピースに白いエプロン、頭にはエプロンと同色のヘッドレストという服装……ええ、早い話というか案の定というか宣言通りというかメイド服です、を着せられたボク。

 これじゃあ姉さんにやられているのと大差ない……いや、こっちの方が意識がある分恥ずかしさ3倍増(当社比)です、という羽目にあるボクなのでした。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections