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S.S.(シークレット・サービス) 作者:ちびとら

第4回   メイドさんからの差し入れ

 学園の最寄り駅から電車に揺られること約1時間。そこから歩いて10分ぐらいのところにある雑居ビル。その一角に優結ちゃんのバイト先がありました。そこまで通うとなると大変じゃないんですかという千尋ちゃんの問いかけに『条件がよかったというのもあるんだけどね。それ以外にもちょっと……ね』とお茶を濁す優結ちゃん。まあそうなっても無理もないんですけどね。なにせ千尋ちゃんときたら、到着しお店を目のあたりにした瞬間、パニくっちゃいましたからね。

 結局、優結ちゃんの『寒いし中で待ったら』という提案を全速力で辞退し、外で張り込むことにした千尋ちゃん。確かに入り口を監視することである程度ブロックできるかもしれませんが、完璧とは言い切れませんよね。そこで香菜芽さんの出番です。まるでこうなることを予見していたかのように予め弦音さんを優結ちゃんのバイト先が確認できる場所(反対側のビルの一室)へと配置。何かあったら千尋ちゃんにすぐさま連絡を入れる体制を整えていたのでした。さすがは香菜芽さん、抜かりはないですね。

 胸元でブルブルと震えている携帯電話を取り出す千尋ちゃん。ディスプレイに表示されている名前を確認し、通話ボタンを押す。

「お疲れ様です。弦音姉様、中の様子はどうですか?」
『ああっ! 優結ちゃんが優結ちゃんがお客さんに……』
「なになにどうかしたの!」

 香菜芽さんの慌てた口調に優結ちゃんの身に何か起きたのかと慌てて向かおうとした瞬間、

『お客さんに給仕しているー』

 その言葉に思わず転びそうになる千尋ちゃん。

「もう喫茶店なんだから当然でしょうが! まったくもう紛らわしい発言しないでよね」
『そんなに心配だったら中で待機すればいいのに』

 控え室だと落ち着かないっていうならお客さんとして入るのも手でしょと提案する弦音さん。

「だって、ほら、ねえ……」

 今は女の子だし、さすがに入りにくいというか、ごにょごにょごにょ……と小さな声で言い訳する千尋ちゃん。

『千広くんだって優結ちゃんのメイド服姿見てみたいでしょ? 優結ちゃんに『お帰りなさいませご主人様』って言われたいでしょ?』
「今は女です!」

 しかも女性客だったらご主人様じゃなくてお嬢様って言うんです、と突っ込む千尋ちゃん。

『そんなの知ってるわよ。それにお外で待っているよりもお店の中にいた方が寒くないでしょう? 店長さんには許可もらってるんだし』

 弦音さんの言うとおり優結ちゃんのバイト先の店長さんには、香菜芽さんから今回の件に関して事情を説明済みで、中で待機してもいいですよと許可をもらっていたのでした。

「いいの、外が好きなの」
『相変わらず意地っ張りなんだから』
「ほっといて」
『はいはい。あと1時間だから頑張ってね』
「了解」

 電話を切り携帯をポケットにしまう千尋ちゃん。その直後、ピューピューっと北風がまるで千尋ちゃんの体温を奪い去るような勢いで駆け抜けていく。

「くしゅん」

 あまりの寒さに手を擦りあわせ温め始める千尋ちゃん。余談ですが、今朝のニュースによると今日は今年一番の寒波到来とのことです。どうりで寒いわけですね。

「まさかこんなに冷え込むなんて……ひゃあっ!」

 突然首筋に感じた熱にビックリする千尋ちゃん。慌てて振り返るとそこには濃紺のワンピースに白いエプロン、頭にはエプロンと同色のカチューシャという典型的なメイド服+マフラーという出で立ちの優結ちゃんが立っていました。あまりのかわいらしさに思わず見とれてしまう千尋ちゃん。まあそうなっちゃうのも無理もないですよね。あくまで基本ベースは千広くんなのですから。しかも自分が想いを寄せている子がそんな格好で現れちゃったりしたら、男としてはやっぱり萌えちゃったりしますよね。

「やっぱり変、かな?」

 自信なさげな表情で自分の姿に目を向ける優結ちゃん。いえいえ、そんなことないですよ。もっと自信を持って大丈夫ですよ。証拠にほら、さっきから通行人さんたち(主に男性ですが、女性の姿もちらほら)の注目の的になっていますから。

「ううん、そんなことないです。とっても似合っていますよ」
「ありがと。はい差し入れ」

 手に持っていた缶コーヒーを千尋ちゃんへと差し出す優結ちゃん。

「あったかい」

 受け取った缶コーヒーを手のひらでコロコロ転がす千尋ちゃん。

「そろそろ中に入りませんか?」

 いくら何でも風邪引いちゃいますよと声を掛ける優結ちゃん。

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。慣れてますから」
「そう、ですか。わかりました、けど無理はしないで下さいね」
「はい」

 最後に『またあとで』と声を掛け、店に戻ろうとした優結ちゃん。その途中でくるりと踵を返し駆け足で千尋ちゃんの元へ戻ってくると、巻いてあったマフラーを外し、そのまま千尋ちゃんの首へと優しく巻いてあげてから、

「忘れてました。もう一つ差し入れです」
「あ……。ありがとうございます」

 マフラーの温もりに優結ちゃんの心遣いを感じる千尋ちゃんなのでした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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