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S.S.(シークレット・サービス) 作者:ちびとら

第1回   プロローグ

 只今の時刻、午前0時をちょっと回ったところ。

 とある企業が所有する高層ビルの最上部に設けられた一室。ドアには『社長室』と書かれたプレートがネジ止めされて……あれ? 片方のネジが外れてプラプラしちゃってますね。あ、だからといって業績が傾いているって訳じゃないですからね。

 で、この部屋の主である社長さんはというと……。あらあら、てっきり革張りの豪華な椅子にでーんと構えていかと思ったら、何故か窓ガラスなんかに背中を預けちゃって。しかも、もうすぐ冬本番だというのに額から汗をだらだらと流しちゃって。エアコンの温度設定無茶苦茶高いんじゃないですか? そんなことしてると某電力会社のマスコットキャラに『電気を大切にね』って怒られちゃいますよ。

「まだ続けますか?」

 社長さんに向き合うように立っていた一人の少年がそう問いかけます。目元を隠すような黒のアイマスクを着用した彼は右手の人差し指と中指で挟んだトランプを社長さんの首筋にピタリとあてがっていました。彼の名は一宮千広(いちみやちひろ)くん、18歳のごくごく普通の……って、こんなことしているのですから普通とは言えないですよね、やっぱり。でもでも地元の私立高校に通うれっきとした現役の高校生さんなんですよ。そうそう説明が遅れましたが彼が手にしているトランプ、全面に特殊コーティングが施されているそうで下手なナイフよりも切れ味がいいそうです。

 どうやら社長さんの汗は常夏に温度設定されたエアコンの影響ではないみたいですね。そんな物騒なもの首筋にあてられていたら、誰だって冷や汗の1つや2つ、出ちゃいますよね。

「く、くそ……」

 まるで苦虫を噛み潰したよう表情の社長さん。でも内心はというと一発逆転のチャンスを狙っているわけで。ほら、その証拠に社長さんの視線の先に注目してみると、千広くんの背後にいた社長さんの部下、えっとここでは戦闘員Aさんとでもしましょうか。が、千広くんに気がつかれないよう細心の注意を払いながら、懐に仕舞っておいたリボルバー式拳銃を抜き出しているのを今か今かと待ちこがれているのでした。

 戦闘員Aさんが取り出した拳銃の銃口を千広くんに向けようとゆっくりと腕を動かし始めた瞬間、社長さんの口元がわずかにニヤリとした瞬間ですね。目にも留まらぬ速さで千広くんの左手が後方へと振り抜かれます。

「ぎゃあぁぁぁーーーっ!」

 悲鳴を上げたのは戦闘員Aさん。彼の手の甲には千広くんが放ったトランプがぐっさりと突き刺さっていました。うーん、それにしても見るからに痛そうですね。血もたくさん出ちゃってるみたいですしね。

「怪我をしたくなければ動かないで下さいと警告したはずですけど。社長さん、帳簿の方お渡し願いませんでしょうか? こちらとしてはできれば穏便に済ましたいので」
「な、何が穏便にだ! これだけのことをしておいて!」

 何故なら千広くんが受付からここまで歩いてきた道筋には、白目を剥き気絶した部下がたくさん(二桁に突入したところでめんどくさいので数えるの止めちゃいました。時間のある方は是非数えてみて下さいね)転がっちゃってますからね。

「えっと……正当防衛?」
「ふふ、ふざけるなっ! 誰がどう見たって過剰防衛だろがっ!」
「これでも手加減したつもりなんですけど。依頼主からの最後通達です。帳簿を差し出したのち、三日以内に修正申告していただければ不問に処するとのことです」
「こ、この国家権力の犬がっ!」

 首を横に振り否定する千広くん。

「私が所属しているのは私設組織ですから。そうですね……どちらかというと民間企業とか個人商店に近いかと思いますけど」
「し、私設組織だあ? ……ちょっと待て。黒のアイマスクにトランプの担い手……って、もも、もしかしておまえJOKERかっ!」

 顔を引きつらせ驚きの声を上げる社長さん。

「その名前で呼ばれるのすっごく恥ずかしいので、できれば止めていただけませんでしょうか」

 まさかといった表情の社長さん。それから大きくため息をつくとなにやら納得した表情で近くにいた部下、戦闘員Bさんに指示を出す。

「……おい、例の帳簿を渡してやれ」
「し、しかしボス」
「しかしもかかしもねえ! つべこべ言わずさっさと持ってこんか!」
「へ、へいっ」

 戦闘員Bさんを一喝する社長さん。うーん、実に男らしいですねー。でも、やってることはちっとも男らしくないですけどね。もしかすると悪質な税理士か公認会計士の口車に乗せられちゃったのかもしれませんね。

 慌てて裏帳簿が隠されている金庫に向かう戦闘員Bさん。そんな中、別の部下、戦闘員Cさんが社長さんにそっと尋ね始めました。

「ボス、ヤツのことご存じなんですか?」
「ああ、以前ある代議士さんに忠告されたことがある。もしもJOKERと名乗るヤツが現れたら大人しく指示に従えってな。つい先日、大手建設会社に強制捜査入ったの覚えてるか」
「へい、確か内部告発とかで」

 最近、そういうの多いですよねと付け加える戦闘員Bさん。まったくもってその通りです。

「実際にはヤツが内部に侵入し情報を持ち出したそうだ」
「そんな、あそこのビルに侵入するだなんて……」

 信じられないといった表情の戦闘員Cさん。どうしてそこまで驚いているのかというとですね。千広くんが侵入した会社の入っているビルは虫一匹すら入り込めないぐらいセキュリティーが厳しくて有名なところだったからなのです。

「さすが社長さん、よくご存じで。あちらの会長さんには直々お会いしてお願いしたんですけどね。最後まで首を縦に振ってくれなかったので」
「まさかあんたみたいな大物がうちみたいなちっぽけな会社にまで介入してくるなんてな」
「そんなことないですよ。ここだってりっぱな大企業ですよ。あ、ありがとうございます」

 戦闘員Bさんから裏帳簿を受け取る千広くん。

「えっと預かり証でも書きましょうか?」
「うなもんいらん。それ持ってとっとと帰ってくれ」
「お言葉に甘えてそうさせていただきます。夜分お騒がせしまして申し訳ありませんでした。失礼します」

 修正申告は忘れずにお願いしますと言ってから深々とお辞儀をし、社長室を辞する千広くん。


 それから数分後。先程千広がお伺いしていたビルからちょっと離れたところにひっそりと停車してあった車の窓ガラスをコツコツとたたく千広くん。

「真依子(まいこ)、お待たせ」
「ちいにい、お疲れ〜」

 千広くんを迎えたのは千広くんの妹(三女です)の真依子ちゃんでした。運転席へ座ったところで先程の帳簿を隣に座っていた真依子ちゃんへ差し出しました。

「はい、これ」
「ほーい、すぐ照合しちゃうね。あ、そうそう。さっきかなねえから連絡あったよ」

 膝に乗せてあるノートパソコンのキーをペチペチと叩きながら用件を伝える真依子ちゃん。

「香菜芽(かなめ)姉さんから? わかったちょっと連絡してみる」

 いつもは仕事中に電話を掛けてくるようなことはしないのにと首を傾げながらグローブボックスから携帯電話を取り出し姉(長女です)の香菜芽さんに連絡を入れる千広くん。

「もしもし香菜芽姉さん。うん、うん、仕事なら今終わったところ。真依子に確認してもらってる。……え、次の依頼? うん、うん、それは別に構わないけど。でもさ確か次は弦音(いとね)姉さんの番じゃなかったけ? うん、うん、えー、弦音姉さんまたやらかしたの。うん、うん、わかった。それじゃあ詳しい話は帰ってからということで、じゃ」

 電話を切り大きなため息をつく千広くん。

「こっちはOKだよ。ちいにい、どしたの? いとねえがどうとか言ってたみたいだけど?」
「……弦音姉さん、またやっちゃったってさ」
「ええー、またなのー。今月に入ってもう3回目だよー」

 あからさまに呆れた声を上げる真依子ちゃん。うーん、二人の言動から察すると、どうやら弦音さんは何かの常習犯らしいですね。

「詳しい話は戻ってからというころにしたから。とりあえずうちへ帰るよ」
「ほーい」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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