「ごめんね華乃、待たせちゃ……………えっ?」
ガチャリと鍵を開ける音が聞こえ、玄関のドアが開いたすきまからひょっこりと玲緒が顔を出してきた。
「よお玲緒、迎えに……」
バタンッ! ガチャガチャガチャ!
「……おいおい」
人の顔見るなり、壊れんばかりの勢いでドアは閉めるわ、その上鍵もしっかり掛けるわ、なんて扱いだ。
「ななな、何であんたがそこにいんのよぉーーー! 華乃は? 華乃はどこにいるのよぉぉぉーーーーーっ!」
ドアの向こう側からマシンガントークを浴びせてくる玲緒。
「いや、何でって言われても……。なあ玲緒、華乃のやつもここに来る予定だったのか?」 「九時って話だからもう少ししたら……」 「おまえなー、何もわざわざバッティングさせなくてもいいだろうが」 「はあ? バッティング? 何を寝ぼけたこと言ってんのよ。あんたとの約束は十時に駅前でしょうが」 「おまえの方こそ何言ってやがる。未緒ちゃんに連絡させたくせに。九時に迎えに来いって」 「はあ? そんなこと頼んだ覚えなんか……って、まま、まさかっ! ちょっと恭平、そこで待ってなさい! いい、わかった! こら未緒ぁぁぁーーーーーっ!」
ドタドタドタドタドタ―――――
(……行っちまったよ、おい)
それにしても玲緒のやつ、ものすっごい勢いで階段を上がっていったなあ。ま、それだけ未緒ちゃんが派手にやらかしたってことになるんだけど……って、感心してる場合じゃねえよ。あの分だと話がまとまるのに大分時間が掛かりそうだし、それまでは一人ぽつんと立たされることに。もしかして、これって放置プレイってやつか?
「恭平君、いらっしゃい」 「あ、瑞菜さん、おはようございます」
瑞菜さんが庭先から声を掛けてきた。手に散水ホースを持っていることから、恐らく花壇に水をやっていたのだろう。
「あら? 確か玲緒の声が聞こえていたはずだけど、あの子は?」 「あはは……たぶん未緒ちゃんのところじゃないかと」 「あらあら。ごめんなさいね、あの子ったらお客様を放って何をしているのかしら。恭平君、お茶でも用意するからどうぞあがって」 「ありがとうございます」
瑞菜さんに煎れてもらったコーヒーを飲みながらリビングで待つこと三十分。背中越しにカチャっとドアが開く音が聞こえてくる。
「ちょっと母さん、私の服全部洗濯した……………えっ?」 「よお玲緒、話はついたの……」
バタンッ!
「……おいおい」
さっきもそうだったけど、またかよ……。ドアの方に顔を向けたときには、既に玲緒の姿はなかった。
「ななな、何であんたがそこにいんのよぉぉーーー」 「いや、何でって言われても……」
瑞菜さんとお茶してたからだけど。
「そもそもあんたがどーしてうちにいんのよぉぉーーーっ!」 「さっきも言っただろ。おまえに呼ばれたからって」
正確に言うと未緒ちゃん経由でおまえに呼ばれたからなんだが。
「呼んでない、私はあんたなんか一切呼んでないんだからねっ! と・に・か・く、そんなところでお茶なんか呑気にすすってないで、とっとと駅前に行きなさいよぉぉーーー」 「これコーヒー」 「そんなのどっちでもいいわよ。ああもうっ、あんたの相手なんかしてる場合じゃないんだから。いいからそれ飲んだら、とっとと駅前に行きなさいっ! いい、わかった」 「へいへい」
とりあえず返事だけはしておく。
「ところで母さん。未緒から聞いたけど私の服、全部洗濯したってホントなの」 「ええ、本当よ。せっかくのお天気ですもの、もったいないでしょう」 「そ、そんなぁぁぁ〜〜〜〜〜」 「何か問題でもあったかしら? デートに着ていく服はちゃんと用意してあるんだから問題ないでしょう」 「………まさか、これ用意したの、母さんなの?」 「昨日の夜、華乃ちゃんと一緒に選んだの」
せっかくのデートですもの、母さん未緒ちゃんのためにお洋服を用意してあげたくって。だから華乃ちゃんに夜遅くまで開いているお店がないか聞こうとしたら、案内どころか選ぶのまで手伝ってもらっちゃった♪ と付け加える瑞菜さん。
「こんなの着ていけないよぉぉぉ〜〜〜〜〜」
玲緒の抗議も虚しく、瑞菜さんはいつもと変わることのない笑みを浮かべながら、
「そんなことないわよ。母さん、あなたに似合うの選んできたんだから。きっと恭平君もかわいいって言ってくれるはずよ。ねえ、恭平君」 「え? いや、あの、その……そそ、そうですよね、あはは……」 「そこっ! 引きつった笑いすんじゃないわよ」
すっかりバレバレだった。
「玲緒、入ってらっしゃい。恭平君がお待ちかねよ」 「……………嫌」 「玲緒」 「……………嫌ったら嫌っ! 恭平なんかに笑われるぐらいだったら、いっそのことこんなの脱いで……え? ぽとっ? きゃきゃきゃ、きゃあぁあぁぁぁーーーーーっ!!」 「ななな、何だ? お、おい、どうした玲緒……ってうわあっ!」
突然の悲鳴に急いで玲緒の元へ駆けつけようとソファーから立ち上がろうとした瞬間、ばあーーーんと勢いよくドアが開いた。それから間髪入れず人影がこちらにめがけて飛びついてきた。
「ぐえっ!」 「ゴキゴキゴキゴキ、ゴキブリがあぁあぁぁぁーーーーーっ!!」
むむ、胸あたりがちょっと痛い。そういや昨日もこんな風にタックルをかまされたっけ。ただし今回は未緒ちゃんじゃなくって玲緒なんだが。
「瑞菜さん殺虫……いや、新聞紙をっ! それから玲緒! おまえ一度離れろ」 「でも、だって、あれがぁぁぁ〜〜〜」
玲緒は俺に抱きついたまま、手は俺の上着をぎゅっと掴みうるうると涙目で訴えてくる。
「だからといっておまえが抱きついていたら退治にいけないだろうがっ!」 「で、でもぉぉぉ〜〜〜〜〜」 「お姉ちゃん、どうかしたの? あ、もしかしてこれのこと?」
廊下からひょっこりと顔を覗かせている未緒ちゃん。続けて左手をこちらに掲げてきた。ひょいと指先でつまんでいる糸っぽい極細のものを辿っていくと、黒くて平べったくて独特の艶のある物体がブラブラと揺れていた。
「ひいっ! ややや、やだ、ちょっと近寄らないでぇぇえぇぇぇーーーーーっ!」 「ば、ばか、こら、苦しいって!」
見なければいいものの……。玲緒は未緒ちゃんが手にしていたものを見るや否や、今度は俺の頭を自分の胸元に押しつけるかのようにぎゅっと抱きかかえた。
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