(恭平とデートかぁ……)
母さん特製のイチゴジャムをたっぷりと塗ったトーストをかじりながら、昨日、恭平との別れ際にあったことを思い返す。
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「ぜーはーぜーはーぜーはー……………。おまえ、人のこと殺す気か」 「あんたがきちんと説明してれば、こんなことにはならなかったんだからね」
そうよ、いきなりデートなんて言うほうが悪いんだから。
「やっぱり下見ぐらいはしておきたいかな、そう思ってさ」 「だったら一人で行けばいいでしょうがぁ」 「そりゃそうなんだろうけどさ。野郎一人であの手の場所に行くのはさすがにちょっと抵抗があってな。玲緒、頼む! 明日一日付き合ってくれ」 「イ・ヤ・よ。他をあたんなさい!」
恭平のことを睨みつけながらきっぱり断る。あーあ、言っちゃった。言っちゃったよ。どうしてこうなっちゃうのかな。下見ぐらい付き合ってあげればいいのに……。
もしかしたら最初で最後のチャンスだったのかもしれないっていうのにね。今度のデートがきっかけで恭平と華乃が付き合うようになっちゃったらもう二度と……。
「そこをなんとか。未緒ちゃんは部活だっていうし、華乃に頼んだらそもそも意味ないし。こんなこと頼めるの、おまえしかいないんだよ」 「イヤったらイヤ」
まただ。またやっちゃった。せっかく恭平が手を差し伸べてくれてるっていうのに、私ったら……。
「いまなら洗剤にビール券に野球の観戦チケット、それから……スノーピーのお風呂セットも付けるから。あとはここにはんこをポーンと。奥さん、頼みますよ」
あんたはいつから新聞の勧誘員になったのよ。けれども、その冗談のお陰でちょっと冷静になれたかも。
「そこまで言うなら、その………つ、付き合ってあげてもいいわよ」 「ほんとかっ!」 「そんかわし費用はすべてあんた持ちだからね」 「そんなのわかってるって。よし、それじゃあさっき言ったとおり朝十時に駅前な」 「う、うん」 「期待して待ってるぞ、おまえの女装」 「なっ! あほか、おまえはっ! どこをどう見たら……って、ああっ! こらぁーーー、逃げるんじゃないわよぉぉぉーーーーーっ!」
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もちろんすぐさま恭平を引っつかまえて、それ相応の処罰は与えたんだけど……。そんな些細なこと、今となってはどうでもいい。それよりなにより、まさか恭平とデートすることになるなんて……。予想外の展開にどうしたらいいのか、考えがうまくまとまらない。だって私にとって恭平は………しまった! まだ何を着ていこうか決めてなかったんだ。ううん、正確には何を着ていこうかいくつか候補は上がったものの、あれこれ悩んでしまい最後まで決められなかった。のんびり朝食を食べてる場合じゃない。急いで決めなくっちゃ。
「はい、お姉ちゃん」
最後の一口を口の中へ放り込もうとしたところで未緒から声を掛けられる。その手には結構な大きさの紙袋がぶら下がっていて、どういう訳だか私に向かって差し出されていた。
「……何よそれ?」
未緒に向かって白い目を向ける私。何故なら今までの経験から未緒がこういうすっごく嬉しそうな表情をしているときといえば、偉い目にあってばかりだったから。
「そんなあからさまに嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。未緒はただの刺客なんだからぁ〜」 「……………」 「違った、飛脚だ」
いくらなんでも違いすぎっ!
「昨日ね、華乃お姉ちゃんに頼まれてたのすっかり忘れちゃってた。これをお姉ちゃんに渡しておいてねって言われてたんだ」 「華乃に?」 「うん。だってもうそろそろ華乃お姉ちゃんの誕生日でしょう? きっといつものあれだよ、あーれ」 「ああ」
なるほどね、もうそんな時期になるんだ。ということは紙袋の中身は……。がっくりと肩を落とし、海溝よりも深いため息を吐く。
「そういえばさ、去年は着ていかなかったんだよね。すっごく似合ってたのになぁー」 「いくらなんでもあんなの着ていける訳ないでしょうがっ!」
この紙袋の中に入っているのは恐らくは洋服のはず。華乃が『お誕生日パーティーにはこれを着てきてくれると嬉しいなぁ〜〜〜』そういって用意してくれるんだけど、ちょっとした問題が……。何かというと、普段、私が避けているようなものをチョイスしてくること。受け取った時点では断るんだけど、結局断り切れず最終的には着ていく羽目になるんだけど……あいつったらもうっ! 人の姿見るなり腹抱えておもいっきし笑いやがって! そりゃあレースとかリボンがあしらわれたかわいらしい服なんてこれっぽっちも似合わないことぐらい本人が一番よくわかっているわよ。でもまあ一年に一回のことだし、華乃の顔を立てると思ってそこは我慢してたんだけど、去年だけは状況が違った。
『今年はこれが一押しなんだって』
嬉しそうに華乃が持ってきたのが何故かメイド服。……華乃、一体どこからそんなネタ仕入れてきたのよぉぉーーー。さすがにこれを着た姿をあいつに見られるなんてそれだけは我慢ならない! どうにか華乃を宥め賺し許してもらったのだった。
「そうそう、華乃お姉ちゃん九時にうちに来るって言ってたから、それまでに着替えてね」 「九時ね、うんわかった……へっ? 九時? こら未緒っ! あと十五分もないじゃないの。どーしてもっと早く言わないのよぉ」 「お姉ちゃんのことだもん『こんなの似合うわけないじゃない』とかなんとかいって時間ギリギリまで着替えようとしないんだから変わらないよー。それどころか逆に追い込まれていた方が勢いでいけちゃうでしょう? 逆に感謝してほしいぐらいだよ。ささ、華乃お姉ちゃんが来る前にちゃっちゃっと着替えちゃお♪」
未緒から受け取った紙袋を手に部屋へと戻り着替え始める。すぐ側ではお目付役と言わんばかりについてきた未緒があーだこーだ言いながら急かしてくる。
数分後、着替え終わるや否や未緒に引っ張られ鏡の前に立たされる。
「うーん、いつもに比べるとシンプルすぎるってぐらいシンプルだけど、さすが華乃お姉ちゃんだね。サイズといい、コーディネートといい、バッチリだよ」
上はオフホワイトのボレロカーディガンとローネックラインのアンサンブル、下はライトグリーンのフレアースカート。未緒の言うとおり、いつもに比べると一桁どころか二桁ぐらいシンプルだった。もちろんサイズもぴったりだし、デザインとかに関しても申し分ないと思う。問題なのは……。
(ほんと似合わないわよねー)
鏡に映る自分の姿に思わず苦笑いをしてしまう。こういったお嬢様っぽい清楚な感じの服装ってやっぱり似合わないなあー、そう自嘲していると、
「お姉ちゃんのことだから、どーせまた『ほんと似合わないわよねー』とかなんとか思ってるんでしょ」 「……実際そうだし」 「お姉ちゃん、自覚なさすぎだよ。ミスコンであの華乃お姉ちゃんと首位争いしたんだよ。もっと自信を持ってもいいと思うんだけどなぁー」 「……未緒、その話はもうするなって言ったでしょうが」
『ねえねえ、玲緒ちゃんも一緒に参加しようよ』という華乃の何気ない一言がきっかけで、ミスコンなどというそれはもう場違いなところへ駆り出されることとなった私。しかもふたを開ければ華乃に次いで第二位というよもや信じられない結果に……。
「それにさ、お兄ちゃんが知佳お姉ちゃんに脅されて……」
ピンポーーーーーン
階下からドアのチャイム音が聞こえてきた。
「あ、華乃お姉ちゃん来たみたいだよ」 「そうみたいね。はあー………ちょっと迎えに行ってくる」 「うんっ♪ 頑張ってね、お・ね・い・ち・ゃ・ん♪」 「はいはい」
両手をブンブンと振り、私を送り出す未緒。そもそも何を頑張れっていうのよ。あーあー、きっと華乃のことだから、今回もデジカメ片手にニコニコしながら玄関先で待ってるんだろうなぁー。私は頭を押さえながら、華乃が待っている玄関へ向かった。
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そのころ私の部屋に残っていた玲緒は、シシシシ……と黒魔王と一緒にいる犬みたいな声を上げていた。
「ここまでは計画通りっと。次はえっと……ジャーン! この子の出番だよねぇぇ〜〜〜♪ うーん、この艶といい質感といいホント良くできてるよねぇぇ〜〜〜♪ 本物そっくりだよ」
ポケットから取り出した『この子』の出来映えに、うっとりとした視線を向ける未緒の姿はもちろんのこと、未緒の頭の中で描かれている思惑さえも、私には知る由もなかった。
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