お腹一杯、夕飯をごちそうになったあと、ちょっと一休みをしてから本題であるデートの相談へ突入したのだが……。
「えいが? そんなのダメダメに決まってるじゃん!」
玲緒の『まずは映画でも見て……』という提案に真っ向から異論を唱えたのは、急遽参戦が決まった未緒ちゃんである。未緒ちゃんには内緒のはずだったのにどうしてこの場にいるのかというと、俺が玲緒に相談を持ちかけるのを予測し情報をリークした人物が……。知佳先生、未緒ちゃんの好奇心という火種にガソリン(しかもハイオク+特殊燃料)をどばどばとぶちまけるような真似は止めてください。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんにとって『は・じ・め・て・の・デ・エ・ト』なんだよ。そこんとこちゃんと考えてる?」
そこ、強調しなくていいです。
「もちろん考えてるわよ。一番オーソドックスなパターンとして、まず映画館へ行くでしょう。それから……」 「『お茶でもしよっか』って話になるでしょ。それから喫茶店でパンフレットを眺めつつ終始映画のお話。これだけで3時間近く時間を無駄にしちゃうんだよ。確かにお姉ちゃんの言ってること、間違いじゃないよ。でもね、初めてのデートだからこそ、二人でお話しする時間を優先するように組み立ててあげないと。もう、気が利かないんだからぁ〜」 「うっさいわねぇー」
バツが悪そうにしている玲緒とくすくすと笑みをこぼしている玲緒ちゃん。
「それじゃあ未緒から代替え案。お兄ちゃんみたいな初心者だったら、そうだね………水族館とか遊園地あたりがお勧めかな? 水族館ならお魚さんたちを眺めながら、あれこれお話しできるでしょ。で、話が盛り上がってきたところで深海魚さんたちのエリアに到着するようにうまくペース配分をするのがポイント。あそこは照明がかなり落とされてるから、どさくさに紛れて肩に手を回して、そのまま……。あ、だからといってあんまし激しいことしちゃダメだよ。せめてキスぐらいで止めておかないと警備員のおじさんに怒られちゃうからね」
未緒ちゃんのおませ度は、俺の予想よりも遙か上空を突っ走っていた。この分だともう一方の案も……。とてもじゃないけど俺には想像すらつかん。一体どんなのを計画しているのやら。うーん、ちょっとというかかなり気になる。いわゆる怖いもの見たさってやつなんだろうな、うんうん。というわけで参考までにちょいと聞いてみることにする。
「未緒ちゃん、ちなみに遊園地だったら?」 「水族館と違って決められたルートがあるわけじゃないから、相手によって攻略方法を変えないとね。例えばお姉ちゃんだったら、ジェットコースターみたいな落ちもの系とかお化け屋敷みたいなホラー系あたりが狙い目かな。お姉ちゃんったら、見かけによらずこの手のものが大の苦手なの。だからね、アトラクションが終わった直後なんて、ふっらふらのけちょんけちょんになってるはずだから、そこが狙い目だね。体を支えてあげるとみせかけて、こうグイッとお姉ちゃんのことを抱き寄せるの。それから耳元で優しい言葉を掛けてあげれば、あとは一気にゴールまで持ち込むのも夢じゃないよ」
実技指導を交えながら丁寧に教えてくれる未緒ちゃん。
「ちなみにどんな言葉を掛けるのかな?」 「うーん……『大丈夫だよ、どんなときでも俺はおまえのことしっかり支えてやるから。だから安心して俺の胸に飛び込んでこい』みたいな? お姉ちゃん、結構にぶにぶさんだから、下手な変化球を投げるよりもど真ん中ストレートをズバーンと投げた方が効果的だよ」 「うわぁ……。未緒ちゃん、いくらなんでもそれはちょっと……」 「きゃははっ♪ もちろん冗談だけどね。でもね、さっきも言ったと思うけど、お姉ちゃんには……あ」 「うん? 未緒ちゃん、どうかした……って、うわあっ!」
玲緒はまるで般若の面でも着けたかのような形相でこちらを睨みつけていた。あ、あの……無茶苦茶怖いんですけど。今なら蛇に睨まれたカエルの心境が手に取るようにわかる気がする。
「あ、あんたらねぇぇーーーっ!」 「お姉ちゃん、いくら凄んだって未緒はちっとも怖くないってば。もうっ、冗談がぜーんぜん通じないんだからぁ〜〜〜。えっと華乃お姉ちゃんだったら、確か高所恐怖症のはずだから観覧車あたりで攻めてみると効果的だね。ささ、次いこ次。ちゃっちゃと終わらせないとお兄ちゃんと遊ぶ時間なくなっちゃうよ」
どうやら未緒ちゃん・オン・ステージはまだまだ続くらしい。
それからまあ色々あったけど、ある程度形になったところで、約束通り未緒ちゃんとテレビゲームやらトランプやらして遊んだ。時間も時間だし一時間ぐらいでおいとましようと思っていたものの、気がつけばあと少しで日付が変わる時間まで長居してしまった。
「お兄ちゃん、ありがとうね。未緒、すっごく楽しかったよ」 「どういたしまして」
玄関先で挨拶を交わす俺と未緒ちゃん。
「あーあー、部活さえなければ、華乃お姉ちゃんの代わりに未緒がお兄ちゃんとデートしたのにぃぃ〜〜〜。そしたら、あ〜んなことや、こ〜んなことも、たぁぁ〜〜〜くさん、教えてあげられたのになぁぁ〜〜〜」 「そ、そうだね。それはまた別の機会ということで」 「……お兄ちゃん、そんなこと言って、ほんとは未緒となんかデートしたくないんでしょ?」 「そそ、そんなことないよ。俺でよければいつでもOKだよ」 「ほんとにぃ〜〜〜」
未緒ちゃんはじいーと疑いの眼差しを向けてきた。
「ほんとだってば」 「約束だよ。忘れたりなんかしちゃダメだよ」 「わかってるって」 「えへへ、お兄ちゃんありがとね♪ あ、そうだった。未緒、お母さんに用事があったんだ。それじゃあお兄ちゃん、またあとでね〜〜〜」
未緒ちゃんはパタパタと手を振りながら家の中へと消えていった。
「それじゃあそろそろ帰るとするかな。玲緒、今日はほんとありがとな。お陰で助か………おい、何のつもりだ?」
玲緒は左の手のひらを俺のおでこにあて、空いている右の手のひらを自分のおでこにあてた。このシチュエーション、どこかで見たような気が……。しかも最近。
「いやー、知佳りんと一緒で熱でもあるのかと思って」
そういや見たの、今日の放課後か。それよりも人が感謝してるっていうのにこいつときたらもう。
「いくらなんでもその言いぐさはないだろうが」 「ごめんごめん。でもさ、あんたからそういう言葉聞くとどーも背中がむずむずと痒くなっちゃってさ」 「ま、いいけどさ。あ、そうだ。瑞菜さんにもよろしくと伝えといてくれ」 「うん、わかった」 「じゃあな」 「うん。……………あ、恭平」
二歩、三歩と足を踏み出したところで玲緒に呼び止められる。振り返ると玲緒は顔を俯かせたまま視線だけをこちらに向けていた。俺の気のせいなのかもしれないけれど、玲緒の頬がほんのりと朱く染まっているような……。
「あ、あのさ、その………今日の約束、チャラでいいから」 「約束?」 「だ、だからあれよ、あれ。あんたが私に奢るって話」 「ああ、そのことか。心配するな、ちゃんと約束は果たすから。できればその……二週に一回ぐらいのペースに してもらえるとありがたいんだが、それでいいか」
玲緒は見るからに呆れ果てた表情を浮かべながら、
「あのね、人の話聞いてたぁ?」 「……たぶん」 「いーい、一度しか言わないから心して聞くよーに。奢るって話、チャラでいいって言ったの」 「……はい? どうしてそんなこと言うんだ? だってちゃんと相談に乗ってくれたじゃないか」
そりゃあ懐事情からすれば嬉しいけど、いまいち納得できない。
「ほとんど答えたのは未緒だから。お礼だったら私じゃなくてあの子にしてあげて」
なるほど、そういうことか。そういやこいつって変なところで律儀だからな。
「もちろん未緒ちゃんにはちゃんとお礼するつもりだけどな。なあ玲緒、ちょっとばかしおまえに頼みたいことがあるんだが、それでチャラって話をチャラにする、どうだ?」 「別にいいけど。で、頼みって何? あ、時間掛かるようだったら戻って話する?」 「大丈夫、そんなに時間はとらせないから。悪いんだけど、明日一日付き合ってもらえないか?」 「あ、そういうことね。いいわよ別に」
さすが玲緒、話が早い。突っこまれたらどうしようかと思ってたが杞憂に終わったな。
「それじゃあ、十時に駅前ってことでいいか」 「おっけー」 「遅刻するなよ」 「あんたこそね」
挨拶代わりに軽く手を挙げてから、自宅へ向け歩き出す。5、6メートルぐらい歩いたところで、
(あ、そうだった)
重要なこと伝えるの忘れてた。まだ外にいると助かるんだけど……。振り返るとちょうど玄関の扉を開けようとしている玲緒の姿が目に映った。
「そうそう、デートだからそれなりの格好してこいよなー」 「りょうかーい……って、ででで、でえぇぇーーーとおぉぉーーーっ! こここ、こら恭平、どゆことよっ! 服、買いに行くんじゃなかったのっ!」 「ぐぐぐ、ぐるじいっでばぁ」
玲緒はコンマ三秒で俺との距離を詰めると、グイッとネクタイを掴み首を締め上げてきた。
「華乃とデートするときの服を選びに行くから付き合えって話だったでしょうがぁ!」 「げほげほげほっ………。ちょっと待て、そんなこと言った覚えねえぞ」
俺の指摘にバツが悪そうな表情を浮かべながらも、
「そ、そうかもしれないけど……。で、でも話の流れからすれば、その……ねえ」 「いや、そこで同意を求められても困るんだが。それともなにか用事でもあるのか?」 「べ、別にないけどぉ……」 「だったら問題ないよな」 「そうよね、問題ない………わけないじゃない! だからどーしてそんな話になんのよぉーーーっ!」
再び、俺は玲緒にグイグイと首を締め上げることとなった。
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