「お兄ちゃーん、久しぶりぃぃぃーーーーーっ!」
玲緒の家へ到着し玄関の扉を開けた途端、現役ラガーマン張りの鋭いタックルをかましてきたのは、玲緒の妹の天宮未緒(あまみやれな)ちゃん。玲緒と同じ紫色をした瞳にこれまた同じ濃紺の髪を頭の横でちょこんと二つに結った髪型が特徴のとってもかわいらしい女の子で、あと1、2年もすれば間違いなく美少女と呼ばれるレベルになるだろう。ただし、ちょっとばかしおませさんなのが玉に瑕である。
(そういや、あれ以来か……)
最後に天宮家に顔を出したのは、確か今の学園に進学する直前だったから、かれこれ一年とちょっとになる。 それまではうちの両親が不在(別に天国の父さん、母さんという訳ではなく、海外勤務を言い渡された父さんに母さんがついて行ったためである)ということがあって、姉共々家事遂行能力が著しく低かった我が家の食生活を支えてくれる最重要拠点としてほぼ毎日と言っていいぐらい足を運んでいた。もちろんいつまでも瑞菜さんの好意に甘えている訳にはいかない。ちょっとずつ瑞菜さんから料理を教わり、進学をきっかけに自炊するようになり今に至る。
「未緒ちゃん、こんばんは。元気だった?」 「ちっちっちっ。お兄ちゃん、そんなんじゃダメダメだよ。せめて『きれいになったね』とか『思わず口説きたくなっちゃったよ』ぐらいは言わないとレディに対して失礼だよ。お母さんがもうちょっと早くお兄ちゃんが来ることを教えてくれれば、お兄ちゃんが萌えるようなお洋服に着替えたのにぃぃぃ〜〜〜。あ、もちろん勝負下着だって用意してあるから心配いらないよ」
「あはは……そそ、そうなんだ。こ、今度からは気を付けるよ」
未緒ちゃんのおませ度はさらにパワーアップしていた。
「ところでどーしたの? こんな時間に?」 「ああ、ちょっと玲緒に……モゴモゴ」
未緒ちゃんに事情を説明しようとした途端、玲緒に口を塞がれる。
「……お姉ちゃん。未緒、まだお兄ちゃんとお話の途中なんだけど」 「あれ? そうだったっけ? あ、そうそう、これ恭平からのお土産。ケーキだってさ。悪いんだけど急いで冷蔵庫に入れておいて」 「えっ! ケーキぃぃぃーーーーーっ! ねえねえ、お兄ちゃんお兄ちゃん、中見てもいい? ね、ねっ」
目をキラキラと輝かせ尋ねてくる未緒ちゃん。こういう姿を見るとまだまだ年相応かなと思えてくるわけで。
「いいよ」 「やったぁぁぁ〜〜〜っ♪ それじゃあ未緒、先に行くね。あ、もうすぐお夕飯の準備できるから、キスするんだったらさっさとすませちゃってね」 「こらっ未緒! 変なこと……って、まったくもう、逃げ足だけは速いんだから」
玲緒は両手を腰に当てぷんすかしていた。
「あはは……。未緒ちゃん、相変わらずだな」 「久しぶりにあんたに会えてはしゃいでるんじゃないかな」 「そうか?」 「姉である私が言うんだから間違いないわよ。あ、そうそう。これからのこと、あの子には黙っておいた方がいいわよ」 「これからのことって、もしかしてデートの相談のことか? だったら別に未緒ちゃんに聞かれたところで問題ないだろ?」 「甘いっ! 甘すぎるわっ! コーヒーに角砂糖を100個放り込んだ上にコンデンスミルクを5缶ぶち込んだぐらい甘いわ」
おいおい、そんなの飲んだら一発で糖尿になるだろうが……っていうか、そもそもそれ、コーヒーと呼べるのか?
「考えてみなさい。こんなおいしい話、あの子が黙って聞いてると思う?」 「あーあ、なるほど。確かにそうかも」
未緒ちゃんのことだから、話を聞いた途端、それはもう素敵なぐらい迷(?)指揮官ぶりを発揮してくれるであろう。
「というわけで、あんたが月曜までに提出しなければならないレポートがちっとも進まなくて私に泣きついてきた、そんなところでどう?」 「はあ? ちょっと待て。何で、俺が、おまえに、泣きつかなくちゃならないんだ?」 「『この無知なわたくしめにどうかお知恵をお貸し下さいませ』そう泣きついてきたのは、どこの誰だっけ?」 「うっ!」 「いいわよね、そ・れ・で。それとも他に妙案があるなら聞くわよ。ただし、五秒以内ね」
おいおい、五秒でどうしろってんだよ。そんなのないのと等しいわっ!
「……3、2、1、はいそこまで。それじゃあ、話もまとまったことだし、まずは腹ごしらえとしましょうか。きっと母さんのことだから、あんたの好物たくさん用意してあるはずよ」
俺も玲緒の意見に一票。
「悪いな」 「そう思うんだったらどうすればいいか、わかってるわよね」 「ああ、腹がはち切れるまでめいいっぱい食べるぞぉー」
瑞菜さんにとって、自分の作った料理をガツガツと勢いよく食べる姿を見ることが一番嬉しいんだそうで。けれども玲緒や未緒ちゃん相手にそれを求めるわけにはいかないからちょっぴり物足りなかったんだ、そう聞いたことがある。
「でも、久しぶりだなー、瑞菜さんの手料理。それにさ、大勢での夕飯っていうのも。ここんとこ、ずっと一人きりだったからなぁー」 「相変わらず忙しいんだ、弥生さん」 「ああ。終電近くで帰ってくるなんて日常茶飯事だし、朝帰りってのも珍しくないぞ」 「だったらさ、前みたいに……」 「うん? 何がだ?」 「お兄ちゃーん、お姉ちゃーん、お夕飯の準備できたよぉぉーーー。早くしないとせっかくのお料理冷めちゃうよぉぉーーー」
廊下を伝わって舌足らずな声が聞こえてくる。
「……ううん、何でもない。ほら、みんな待ってることだし早く行きましょ」 「ああ、そうだな」
それから俺たちは未緒ちゃんと瑞菜さんが待っているリビングへと向かった。
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