知佳先生の爆弾発言によって、下校時間ギリギリまで話し合いをする羽目になった俺と玲緒と華乃の三人。ちなみに当事者はというと『用事があるから、あとはよろしくね〜』とすぐさまいなくなってしまった。はっきり言って、すっごく無責任です。
でもまあ、どうにか話もまとまったことだし、それに『終わりよければすべてよし』とも言うし、とっとと撤収することにした俺たち。部室のドアを施錠し、その鍵を職員室に預け、昇降口へと向かう。昇降口へ到着したところで、靴を履き替え校舎をあとにする。正門までやってきたところで、いつものように挨拶を交わす。
「恭くん、玲緒ちゃん、またね」 「じゃあね、華乃」 「気をつけて帰れよ」
とはいっても気をつける必要なんてこれっぽっちもないんだけど。なにせ門を抜けたところには、ピカピカに磨き上げられた黒塗りの車が主人の帰りを今か今かと待ちかまえていた。このバカでかい車、華乃を送迎するためにと華乃の親父さんが用意したものなんだそうで。見た目は普通のロールスロイスだが、ボディはというと装甲車並みの強度(もちろんガラスは防弾ガラス)があり、多少のことではかすり傷すらつかないというとんでもない代物であった。
「うんっ♪ うふふ……明後日、恭くんとデートかぁ〜」 「だから、デートじゃねえって」 「えへへ、そういうことにしておいてあげる♪ それじゃあ、橘さん、お願いします」 「かしこまりました、華乃お嬢様」 「ふたりとも、じゃあね」
車内から華乃が小さく手を振る。それに応えるように手を振る俺と玲緒。二人で華乃を見送る、これもいつものこと。やがて華乃を乗せた車が視界から消えたところで俺たちは手を振るのを止めた。玲緒は、うーんと大きく背伸びをしてから、
「さてと、私たちもそろそろ帰るとしましょうか」 「そうだな。あ、そうだ玲緒、ちょっと……」
ちょっと相談したいことがあるんだけど、と言おうとしたところで先手を打たれる。
「相談? デートのことじゃないわよねぇ」 「うっ!」 「どうかしたの? まさか図星だった、なんてことはないわよねぇ」 「……仰るとおりです、はい」
玲緒に向かって素直に頭を下げる。
「ま、知佳りんの言ってることはあながち間違いじゃないと思うけどね。どーせあんたのことだから、デートなんかしたことないでしょ。だったら一人部屋にこもってその手の本を片手に悶々とよからぬ想像を膨らませるよりは断然マシよ。それにさ、何だかんだいっても嬉しいんじゃないの? 華乃に『恭くんとデートができるんだよ、大歓迎に決まってるよ♪』なんて言われたらさ」 「そりゃ、まあな」
華乃みたいな美少女にそんなこと言われたら誰だって悪い気はしない。
「……ふーん」 「な、何だよ」 「別にぃ〜」
その割には無茶苦茶不機嫌そうに見えるんですけど。
「あ、あのー、玲緒……さん?」
恐る恐る声を掛けてみる。
「うっさいわねぇー、ちゃんと聞いてるわよ。いいからさっさと話を進めなさいよぉー」 「わわわ、わかった。ああ、明後日のデートのことなんだけど……げげっ! ま、まさか……」 「これで手を打つわ。顧問料としては安いもんでしょ」
指を三本立てた手を突きつけてくる玲緒。おいおい、それのどこが安いっていうんだよ。玲緒が提示した条件、それはお気に入りの喫茶店……じゃなかった、フルーツパーラー(話によるとかなりの有名店らしい)に連れて行けだった。しかも三回もかよ……。ったく、いくら掛かると思ってるんだよ。なにせこいつが注文するものといったら、ケーキセットなんてリーズナブルなものではなく、季節のフルーツパフェとかアフタヌーンティーセットだったりするものだから、一回でもかなりの痛手(前回、借りを作ったときには、三人分で一葉さんと漱石さんがセットで飛んでいった)である。
「もう一声」
ダメもとで値切ってみる。
「仕方ないなぁ、もう。これで手を打つわ」 「増えてんじゃねえかよぉ」
指の数は三本から五本へとパワーアップしていた。
「私と交渉しようなんて百万年早いわよ。で、呑む? 呑まない? どっち?」 「くっそぉ……わかった、わかりました。呑めばいいんだろ、呑めばっ!」 「うーん、なんか誠意がちっとも感じられないわよねぇ。その辺をよーく考えて、ワンモアプリーズ」
(こ、こいつは……)
人が下手に出てりゃあー、いい気になりやがって! 上等じゃねえか、それならそれでこっちにも考えがあるってんだ!!
「お願いします玲緒様。この無知なわたくしめにどうかお知恵をお貸し下さいませ」 「うむ、くるしゅうない。ワシがいるからには大船に乗った気でおれ。さてと、それじゃあどこかゆっくり話せる場所……そうね、久しぶりにうち来る?」 「へ?」
ちょっと待て。今、なんて言った?
「だから、うちで話をしようって言ったの。私としては別にあんたんちでも構わないんだけどね。ここんとこ未緒(みな)がうるさいのよ。『お兄ちゃん、どうしてるの?』って。できれば顔を出してもらえると嬉しいんだけど、どうかな?」
「そりゃ別に構わんが。ほら、もうこんな時間だろ」
左手首を指さし、時間を確認するよう促す。
「そうね、それじゃあ相談ってやつはうちで夕飯を食べ終わってからってことで。どーせ明日は休みなんだし、多少遅くなっても問題ないわよね」 「だからそういう訳にはいかないって言ってるだろうが。ただでさえ瑞菜(みずな)さんには普段から色々と迷惑掛けて……って、おいこら、人の話を聞けよ」
いつの間にか玲緒は携帯をとりだし耳元に当てていた。
「あ、もしもし未緒。私だけど母さんいる? うん、お願い。……もう、なによぉ、電話中なんだから腕引っ張らないでよー」 「『もう、なによぉ』じゃあねえよ! 人の話、聞いてたか」 「もちろん。だからこうして電話してるんじゃないの」
案の定、ちっとも聞いてませんでした。
「あ、母さん。あのさ、もう夕飯の準備始めちゃった? うん……うん……だったら1人分増えても問題ないよね? ……えっ、どうして恭平だってわかったの? うん……うん……ちょちょ、ちょっと母さん。別に私は嬉しくなんかないからね。絶対の絶対、ないからね。とにかく、これから恭平を連れて行くから。それじゃあね」
玲緒は携帯を勢いよく閉じると、
「聞いての通り、話はついたわ」 「ちょっと待て」
どこをどう解釈すれば、そう結論づけられるんだ、おまえはっ!
「いいいから、つべこべ言わずにさっさと歩く」 「いや、そうじゃなくて……ああ、もう! わかった。わかったからそう強く押すなって」
結局、玲緒の家まで到着するまで、背中に触れられている玲緒の両手から力が抜けることはなかった。
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