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falsehood 〜嘘から始まる恋物語〜 作者:ちびとら

最終回   falsehood

(やっぱ無理してでも止めるべきだったか)

 後悔したところで既に手遅れなんだけどね。予め未緒ちゃんから話は聞いていたけれど、まさかここまでとは……。玲緒のジェットコースター苦手度といったら、俺が予想していたよりも遙か高いステージに立っていた。

「なあ玲緒、ホント大丈夫か?」
「しつこいわね。もう大丈夫だっていってるでしょうが」

 そう強がっているものの、顔色はまだ青白くとてもじゃないけど大丈夫そうには見えなかった。

「そう豪語しておきながら、ベッドから立ち上がった途端、倒れかけたのはどこのだれでしたっけ?」
「あ、あれはその……」

 さかのぼること三時間ほど前。最新のアトラクションに乗ると言い出した玲緒。どうして急にそんなことを言い出したのか今でも理由はさっぱりわからないけれど、この手の落ちもの系アトラクションが大の苦手だと聞いていたので、待ち時間(さすが最新のものだけあって一時間待ちだった)を使って他のにしようと説得を試みたのだが、『こんなの大したことないわよ』そう最後まで言い張り続け、結局、首を縦に振ることはなかった。

 でもまあそんな強がりも、俺たちを乗せたトロッコ風の乗り物がジェットコースター特有である最初の登り坂をガタゴトと登っていくところまでだった。最高点に達し、ガガーッと勢いよく下り始めた途端、キャーキャーと悲鳴を上げる玲緒。けれどもそんな悲鳴が出ていたのも、最初の関門である人為的に作られた濃い霧へと突っこむところまでだった。恐らく乗り物の進行方向を意図的に隠すために設けられたのであろうそれは、玲緒の口を封じるには十分すぎるぐらい破壊力があった。そんな悪魔のカーテン(ただし玲緒にとってだが)をいくつか通り抜けた頃には、いつ意識をなくしてもおかしくはない状態まで陥っていた。いや、そこで気を失っていた方がまだ楽だったのかもしれない。最後に追い打ちをかけるかのようにくるりと一回転。結果は言うまでもないだろう。

 そこから係員さんに手伝ってもらって医務室へと運び、玲緒が目が覚めるのを待つこと一時間半。目が覚めたら覚めたでそれまた大変で『大丈夫、ホント大丈夫だから』そう言って起きあがろうとする玲緒をなだめすかすこと三十分。ある程度体調が戻ってきたところで、いざ外へ出たときにはもうとっくに日は暮れ、たくさんの星たちがきらきらと光り輝きながら夜空を飾っていた。

「……ごめんなさい」
「別に謝ってほしくて言ってんじゃねえよ。でもさ、どうして急に乗るなんて言い出したんだ? おまえらしくもない」
「私らしくない、か。……そうね、確かにそうかも」

 自分のことなのにまるで他人事のように話す玲緒。

「玲緒」
「……やっぱり理由、話さなくちゃダメ?」
「無理にとは言わんが、できれば聞きたい」

 しばし間をおいてから玲緒の口がゆっくりと開いた。

「楽しんでほしかったからかな、恭平にも」
「何だそれ。楽しんでるぞ、十分」
「違うの、そういう意味じゃないの。だって今日は始めからずっと私が乗りたいアトラクションばかりだったでしょ。だから恭平にも恭平が乗りたいものに乗ってほしかったの」
「それであれを選んだのか?」

 玲緒は無言のままこくりと頷いた。

「まったく、そんなの気にしなくていいのに」
「そういう訳にはいかないわよ」
「いいんだよ、それで。俺はおまえが楽しんでさえくれればいいんだから」
「だからそういう訳にはいかないって言ってるでしょうが。これはデートなんだよ、で・え・と! そこんとこわかってる? デートなんだから二人とも楽しくなくっちゃ意味ないでしょうがぁ」

 楽しくなければ意味はない、それに関しては俺もまったくの同意見である。

「なあ玲緒、正直な気持ちを聞かせてくれ。今日楽しいか?」
「はあ? 何それ?」
「だから、今日一日こうして俺と一緒にいて楽しいかって聞いてるんだ」
「あのね、つまらないものに付き合うほど私はお人好しじゃないわよ」
「そっか、それを聞いて安心した。玲緒、やっぱりおまえが気にする必要なんてないんだよ」

 玲緒は両手を腰に当て、ちょっとだけ睨みつけるような視線を向けてきた。

「あんたね、人の話聞いてる? 私はあんたに楽しんでもらいたくって……」
「いいんだよ、それで」
「何がよ。ちっともよくないわよぉ」
「解釈の違い、それだけなんだよ」
「……解釈の違い?」

 俺はコクリと頷いてから、

「なあ玲緒『賢者の贈り物』って話、知ってるか?」
「確か、貧しい夫婦がお互いにプレゼントを買おうとして、でもお金がなくて自分の大切なもを手放してしまうって話だったわよね」
「それそれ。まあ、そこまで格好良くはないけど、でも互いに相手のことを想うってことではまあ近いかなと。玲緒は俺にも楽しんでもらいたくてあれに乗るって言ったんだよな」
「ま、まあ、その……そうと言えなくもないというか……」

 玲緒はまるでどこぞの政治家のような曖昧な返事をしてきた。

「それと同じことなんだよ。俺はおまえに楽しんでもらいたくておまえが乗りたいものを優先させただけなんだよ。俺にとって相手が……自分が想いを寄せている人が楽しんでいる姿を見られれば、それだけでも十分楽しいし、幸せな気持ちになるんだよ」
「きょ、恭平……いい、今なんて……」
「あ……」

 俺……何て言った? もしかして……やっちまったのか?

「も、もうっ! 危うく勘違いしちゃうところだったじゃない。ま、まるでその……私にここ、告白してる……じゃなくって。とと、とにかくっ! そういう台詞はちゃんと相手を……って、恭平? ちょっとねえどうかしたの?」

 心配そうな声を上げしゃがみ込んでいた俺の顔をのぞき込んでくる玲緒。

(せっかく何度も下見したっていうのに何やってるんだよ、俺)

 頭を抱えたくもなる。なにせ一ヶ月も前からこの日のためにと夕方から入場できるチケット(時間が限られている分、安めに設定されていたのがせめてもの救いだった)で幾度となくここに足を運んでベストポジションを探したというのに。まさかこんなタイミングで大事な言葉をポロッと口を滑らせてしまうなんて何やってるんだよ、俺。えーいもうっ! 今更うだうだ言ったところでどうしようもない。ただ話を切り出すのがちょっとばかし早まった、それだけのこと。

 大きく深呼吸をし気持ちを落ち着かせる。ゆっくりとした動作で立ち上がってから玲緒へと向き合う。覚悟はいいな、そう自分に言い聞かせる。

「玲緒、明日俺と華乃とデートするって話、あったろ。それさ、実は嘘なんだ」
「はあ?」

 何言ってるのかちっともわからない、そんな表情を見せる玲緒。

「それだけじゃない。小説を書くって話もそうだし、知佳さんが提案した情報集のためにデート……は言ったばかりか。おまえの服をすべて洗濯……あ、これは瑞菜さんがホントにやっちゃったらしいから嘘じゃなくなっちゃったっけ。とにかくっ! 昨日から今日にかけてのこと、すべて嘘なんだよ」
「う、嘘? 全部……嘘なの?」
「ああ」
「そっか、そうよねー。あはは………どうりでおかしいと思ったんだ。だってさ、どう考えたって恭平が私にその……好意を寄せるなんてありえないもんね。あはは………」

 引きつった笑いを見せる玲緒。

「ごめん、一部訂正する。それだけは本当だ。俺はおまえのことが……」
「恭平! 冗談にも程があるわよ」
「冗談なんかじゃねえよっ!」

 俺の強い口調に玲緒はビクッと体を震わせる。そして弱々しい口調で、

「だ、だって、あんた華乃から……」
「知ってたのか」
「う、うん……」
「でも『好きな人がいるから』そうちゃんと断った。だって俺が好きなのは玲緒、おまえだから」

 およそ一ヶ月前、華乃から告白されたとき、何故か頭に浮かんできたのは玲緒の姿だった。そのときやっと気が付いたんだ。俺が好きなのが一体誰なのかを……。

「恭平……」
「ホントは花火が打ちあがってるタイミングで告白してこれを渡すつもりだったんだけどな」

 俺は予め用意しておいたあれを鞄の中から取り出し玲緒に手渡す。

「これは?」
「いいから開けてみろ」
「う、うん」

 言われたとおり玲緒は俺から受け取った箱についている赤いリボンを解き包んである包装紙を丁寧にはがす。それから中身をスライドさせ出てきた淡いピンク色の箱をパカッと開ける。

「……巾着袋?」
「こら、ぼけるな」
「ごめん」
「箱、持つからさっさと袋開けろ」
「え、あ、うん」

 玲緒から箱を取り上げ中に入っている小さな巾着袋を開けるように促す。

「あ、ペンダント……」
「アクアマリンとどっちにしようか悩んだんだけど、こっちにしてみました」

 用意したのはペンダントトップにムーンストーンをあしらったもの。ムーンストーンといえば六月の誕生石。何故玲緒の誕生石でなくこれにしたのかというと、欧米では恋人に初めて贈る宝石として知られているという話を耳にしたからである。

「それぐらいの長さだとその服にちょうど合うだろ? これで胸元も寂しくなくなるし、一石二鳥ってやつか」
「そ、そうかも……って、ああーーーっ! それでさっき慌てたの!」
「ま、まあな」

 こういう隠し球があったのでさっきはなんだかんだ理由をつけてペンダントを着けさせるのを止めさせたのだ。

「ごめんな突然で。それに嘘もたくさんついたしな。でもこれだけは嘘じゃないから。俺はおまえのことが好きだから」
「……信じていいの?」
「もちろん」
「ほ、本当に本当……なんだよね?」
「ああ。ホントごめんな驚かせてばかりで。あのさ、落ち着いてからで構わないから返事をもらえ……」

 ないかと言おうとしたところで、

「ねえ恭平、帰りに例のお店でお夕飯食べていかない? 私のおごりで」
「お、おまえなぁー」

 何を言うかと思ったら、性懲りもなくまたそういうことを口にしやがって!

「またその話を持ち出しやがって。次にその話をしたら……」
「したら?」
「その口を塞いでやるって言ったよな」
「そうだったわよね」
「『そうだったわよね』じゃねえよ! 遠慮なんてしねえからな。やると言ったら……あれ?」

 その割にはどういう訳だか玲緒の表情がすっごく嬉しそうに見えて……って、あれ? あれあれ? 何でこいつそんなに落ち着いていられるんだよ。自分の置かれている状況がわかってるのか。これから俺とキスを、その唇が奪われようとしてるっていうのに……って、ああっ!!

「も、もしかして……」
「好きだよ、私も。恭平のこと、大好きだよ」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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