「お待たせー」 「あ、あのさ恭平」
会計を済ませた恭平が駆け寄ってきたところで声を掛ける。
「玲緒、いい加減しつこいぞ」 「で、でも……」
どうやら恭平は私が言いたいことがわかっているようだった。そもそも、そう言わせるような原因を作ったのは、何を隠そうこの私なんだから。
『費用はすべてあんた持ちだからね』
昨日、私が恭平に向かって言ったこの台詞が引き金になっているのは重々承知している。でも、それは売り言葉に買い言葉みたいなものであって、間違っても本心から言ったわけじゃなかった。だって、私たちって常日頃からこんなやりとりをしていたから……。そう、まるで男友達みたいな、そんな間柄だったから……。
きっと華乃だったら『えっ、恭くんとデート? もちろんOKさんだよ。えへへ♪ 恭くんとデート、恭くんとデート、嬉しいなぁ〜♪』そうこたえるんだろうなぁー。あはは、そんなの私にはちっとも似合わないし、そもそも恥ずかしくって、そんなの口にすらできないし。
だからあんな風にしか言えなかった。『仕方ないから付き合ってあげる』みたいな風にしか言えなかった。だって、今更言える訳ないじゃない。恭平のことが……だなんて。
「せめてワリカン。それで手を打ちましょ、ねっ、ねっ」 「だから何度も言ってるだろう。今日は俺が全部持つって」 「昨日のあれだったら、撤回する。だから……」 「そういう問題じゃねえよ。たとえあれがなかったとしても、はなっからそのつもりだったんだよ。おまえ言ったよな『華乃に出させるような真似、絶対しないでしょ』って。俺からしてみれば相手が華乃であろうが玲緒、おまえであろうが同じなんだよ」 「……でも、ここ高かったでしょ?」
だって恭平が予約をしていたところというのは、ここに隣接する直営ホテルの中にあるレストランだった。普通、ホテルのランチなっていったらそれなりに値が張るはず。ましてや二人分なんていったら軽く諭吉さんがひらひらと飛んでいっちゃうはずなのに……。
「だからそういうことは気にするなって何度も言ってるだろうが。えーい、もうっ! いいか玲緒、これから先、その手の話は一切なしだからな、いいな。もしも次に口にしたらそんときは遠慮なくその減らず口を塞がせてもらうからな。ああ、先に断っておくが手で塞ぐなんて幼稚な真似はしないからそのつもりで」 「はあ? 手で塞がなかったらどうやって塞ぐつもりよ」
あのね、少しは考えて物事言いなさいって。まったくもう、それ以外方法があるっていうなら聞かせてもらいたいものだわ。
「昔っから言うだろ、目には目を、歯には歯をって」 「確かに言うわ………って、ちょちょ、ちょっと恭平! あんた一体何考えてんのよぉ!」
そしたら口を塞ぐには口ってことに……。それってやっぱりそのあのえっと………キキ、キスってことだよね? ちょちょ、ちょっと恭平ったら、何てこと言い出すのよぉぉーーーっ。キスよキス。しかもおでことか頬とか手の甲とか靴……はちょっと違うか。そんなことできるわけないじゃない! もちろん恭平とそういうことをするのが嫌だから言ってるわけじゃないんだよ。ちゃんとした理由があればその……しし、してもいいかな……って。ちょっとやだ、私ったら何てこと言ってるんだろ。とにかくっ! そんな訳のわからない理由でなんかは絶対したくない。私が不満の声を上げると、恭平はにやりと笑いながら、
「ま、そういうことだから発言には十分気をつけるよーに。あ、それとこれ、未緒ちゃんに渡しておいてくれ。とりあえず昨日のお礼ってことで」 「……いいの?」
恭平が差し出してきたのは、ランチコースを注文した人に付いてくるオリジナルのペンダントだった。
「そもそも俺が持ってても意味ないしな」
恭平から受け取った未緒へのプレゼントをバッグの中に仕舞う。
「ありがと恭平。あの子、すっごく喜ぶわ。あ、そうだ。せっかくだからこれ、つけてみようかなぁ」 「あわわっ! ちょちょ、ちょっと待った!」
この服だと胸元がちょっぴり寂しいことだしちょうどいいかなと思って、自分の分(よくよく考えてみれば、これって恭平からのプレゼントになるのかな?)を着けてみようと、一度は仕舞ったペンダントをバックから取り出そうとしたところで恭平に手を捕まれる。
「な、なによぉ、似合わないからやめとけ、そう言いたいんでしょ。ふーんだっ! あんたに言われなくたってそんなことぐらいわかってますよーだ」 「ちちち、違う、違うって。そういうのじゃなくって、何て言うか、そのあのえっと、こっちにも都合ってものが……」 「都合?」 「ななな、何でもない、何でもないぞ。えっと……………そうそう! どーせなら未緒ちゃんと一緒に出かけるときとかのがよくないか? おそろいのものを一緒に着けて、しかも同じタイミングでさ。好きだろ、そーいうの」 「恭平、なんか誤魔化そうとしてない?」 「そそ、そんなことないぞ。おまえの気のせいだよ、うんうん」
あのさ、その割には目がおもいっきし泳いでるんですけど。
「ま、今回だけは乗せられてあげるわ。あんたの言うとおり、そういうのが好きだからね。さてと、時間ももったいないことだし、そろそろ行こっか」 「そうだな。で、次はどこだ」 「一番新しいアトラクション」
私は迷うことなくそう言いきる。
「……マ、マジか?」 「マジよ」
驚きの隠せない恭平に向かってはっきりとした口調で答える。
「おいおい、一番新しいやつといったらおまえの苦手なジェットコースターだぞ。しかも一回転するやつ」 「あんたに言われなくてもわかってるわよ。ほーら、さっさと行くわよ」 「お、おい玲緒。考えなおせって。他にも色々あるだろうがっ」
次の目的地へと向かう中、恭平は『少しは考え直せ』とか『せめて食後すぐはやめとけって』とか言ってきたけれど、私は一切耳を傾けようとはしなかった。
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